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第3話
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上半身を起こすと、眉根を寄せたおじさんがいた。何か言っているが聞き取れない。こちらの国の言葉だろう。そういえば、経験談の著書には、この国の言葉については書かれていなかった。きっと、歓迎されて城内で過ごしたのだろう。あそこなら、自分の知る言葉で皆対応してくれる。
そう考えると、こうして城から追い出された自分が本当に惨めで、また涙がこみ上げてきた。
とにかく、彼が心配してくれていることはわかった。差し出された手をとり立ち上がる。
「あ、ありがとうございます」
通じないのを承知で礼を言った。おじさんはにこやかに微笑み、片手を上げ、去っていった。
いい人だな。言葉も違う、顔立ちも違う、身なりだって高校の制服のままで他とは違うのに心配してくれるなんて。
砂埃で汚れてしまったズボンをはたく。あちらの世界に戻りたいとは思わない。もう、これ以上の逃げ場はないんだ。頑張らなくちゃ、頑張って、ここで居場所を見つけなくちゃ。
あんないい人もいるわけだし。
「ん」
そこで、気がついた。
もらったばかりの紙幣の束、どうしただろうか。確か、手に持っていたはずなのに、そうか、蹲ったときに落として、それで。
ハッと人混みを見る。既にそこに声をかけてくれたおじさんの姿はなかった。入れた覚えはないのにポケットをひっくり返し、ぐるぐるその場を回ってみるも見つからない。
「ぬ、盗まれた?」
言葉のわからない異世界で。完全な一文無し。城に助けを求められる立場でない。ドンドンドンと次々とマイナス要素が頭の上に降り積もっていく。
「はは、」
わざと声を出して笑ってみる。
笑うしかない。すごい、どうしよう。
「はははは、は、は」
もういい。
――いい機会だ。これを機に、変わるんだ。ここには、親もクラスメイトもいない。完全に0からスタートできるんだ。
いい機会じゃないか。
変わるんだ。
今度こそ。
***
貸部屋までの地図がぴらりと落ちていたのは、不幸中の幸いだった。うろうろしながら散々迷いながらたどり着き、どうにかなんとか貸し主と話がついたのはつい先ほど、もう陽は落ちていた。
部屋は板張りの10畳程の1ルームで、窓際にテーブルとベッドが置かれていた。トイレは共同で廊下の突き当たりにあるらしい。
調度のあちこちに年月を感じさせる傷が残っている。けれど、こざっぱりした清潔感はあった。
「はぁ」
ベッドに腰を下ろし、また、ため息を吐く。
これからどうすればいいのか、途方にくれていた。自分に一体何ができるだろう。
特別頭がいいわけでも、体力があるわけでもなく、部屋に閉じこもりきりで、むしろ人と接するのは苦手だ。
つくづく、自分にがっかりする。
きゅるる。
静かな部屋に奇妙な音が大きく響いた。慌ててお腹に手をやりさする。どういう時間計算をすればいいのわからないが、しばらく何も食べていないのは確かだ。
ぐるる。
歩き回って喉も渇いた。
外は怖い。顔立ちが違うせいだろう、ここにくるまでにも遠慮のない視線を存分に味わった。それを意識する度に、責められているように感じた。
『こいつのせいで召喚に失敗したのに』
ごくん、唾を飲み込む。もう限界だ。
覚悟を決めて部屋を出た。
「あ、あの」
笑みを貼り付け恐る恐る声をかける。
出入り口のカウンターに座り新聞らしきものを読んでいたおばさんが顔をあげた。僕を見、あからさまに顔をしかめる。
それに次の言葉が引っ込んでしまった。「水、頂けませんか」なんて、そもそも言ったところで理解してもらえるかわからないのだけれど。
「shshcoiru?」
新聞が乱暴に折りたたまれ叩くようにカウンターに置かれたのを機に、僕は頭を下げ、宿から脱出した。
走って走って目線を上げる。月の明るい夜だ。まん丸だ。なだらかな坂、長い階段、その先にこちらを見下ろすようにして城が建っていた。所々に小さな淡い灯りの灯った黒い城、圧迫感がある。
すぐに目を逸らし、荒い息を繰り返す。
バカだ。走ったせいで余計に喉が渇いてきた。汗をぬぐう。あてもなく歩調を緩め、少しだけ歩いた。
「あ」
突然、視界が開けた。丸い敷地が広がっていた。緑と噴水を中心に、周囲にはベンチが置かれている。
僕のいた世界でいう、まさしく公園だ。
「水」
きれいだとか汚いだとか考える余裕もなく、噴水ににじりより、その溢れた水を掬い飲んだ。自分でこんなに渇いていたのかと驚く程、リズムよく喉が上下した。
あまりに一気に飲んだせいで息が苦しい。
ふらふらとした足取りでベンチに辿り着き仰向けになる。
ああ、本当に月が明るい。
それを遮るようにして手の甲を目の上に乗せた。眩しい。
何をやってるんだろう。
頑張るって決めたのに、何もできない。
――ふと、いい香りが鼻をかすめた。顔をずらし、横目でその方向を見れば、暗闇の中、明かりが灯っている店があった。公園を囲む家々の隙間にある、赤い屋根の小さな店だ。 ちょうど1人の客が出てくるところだった。上質そうな薄手のカーディガンを羽織り、顔を綻ばせ軽快な足取りで去っていく。
なんとも幸せそうだ。
手には、正方形の包みを持っていた。赤いリボンがかかっている。この香りにあの包みとくれば、その店がなんなのかわかる。
ケーキ屋だ。
認識した途端、また、お腹が悲鳴を上げる。
「うう……」
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