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第4話
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きゅるるる。
腹の虫がうるさい。
ケーキ屋は、あまりにも場違いなように思えて、苦手だった。あそこは、幸せの固まりだ。幸せの具現化した形だ。
ケーキを買う客なんて、自分へのプレゼントか、他人へのプレゼントか、いずれにしても、笑みを浮かべているイメージがある。
誕生日やクリスマスに食卓にあって、それを囲う家族は嬉しそうで、夢見すぎだろうか。
誕生日。
そういえば、僕、誕生日を迎えたすぐ後にここにきたんだ。17になってすぐに落ちたんだ。なかなかすごいタイミングだ。
これじゃあ、責められてもしょうがない。僕のタイミングが悪いせいで、僕の不運に巻き込まれて、ここは『救世主』を得られなかったんだ。
空を見上げ、ケーキ屋を視界から消す。
誕生日もクリスマスも僕には無縁だった。小枝のための誕生日、クリスマスのケーキも、その日は執拗に隠されていて口にすることができなかった。
「は」
ケーキなんて、そういえばまともに口にしたのは学校給食のクリスマス特別メニューくらいだ。
学校からの帰り道、人気のケーキ屋さんがあったが、ついに入ることはなかったな。
「eyoua?」
いつのまにか、甘い香りがすぐ近くまで接近していた。恐る恐る手をどけ、身体を起こす。そこには優しげに微笑む少女が立っていた。年齢は同じくらいだろうか、長いミルクティー色の髪が風に揺れている。
手には皿とフォークを持ち、その皿には生クリームで分厚く囲まれたスポンジケーキが盛られていた。それを、僕に差し出している。
「え」
下手に話しかけると、怖がられるかもしれない。あの宿屋のおばさんのような反応をされるかもしれない。
何も言えず黙って固まる僕をどう思ったのか、少女は更にケーキを前につきだしてきた。受け取っていいのだろうか。首を傾げ、少女を見上げると、少女は大きく頷いた。
僕もつられて大きく頷き、皿を受け取る。
皿は、ひんやり冷たかった。
「gfisupao」
少女の言葉はやっぱりわからない。けれどその微笑みは変わらない。そのことに後押しされ、僕は何度も少女の様子を窺いながら、フォークを手に取りケーキを一口大に切ると、もう一度少女を見、それを食べた。
「……!」
ふわりとした食感とともに甘い香りが口いっぱいに広がった。柔らかい。溶けるみたいだ。更にもう一口、今度は、生クリームをたっぷりまとわせて頂く。滑らかなほのかな甘みが舌を包み込む。
その後はもう夢中で食べた。少女を見る余裕もなかった。
無意識の内に涙がこみ上げ、皿に落ちた。ぽたり、ぽたり、泣きながら、それでも食べた。
食べて、食べて完食した後に、皿から目を上げる。少女はまだそこに立っていた。
怖がらせたらとか、頭から飛んでいた。
「すごく美味しかった! ありがとう!」
通じるはずのない言葉、その代わり、皿を前につきだし、深々頭を下げた。
少しでもこの気持ちが伝わってほしい。
本当に本当に本当に嬉しかったんだ。本当に本当に本当に感謝でいっぱいなんだ。
言葉が通じないのがもどかしい。
ケーキは、やっぱり、僕にとって幸せの象徴だ。
少女はやっぱり笑って頷いた。皿を受け取り、店の方向へ行こうとする。
「あ、あの!」
思わず、声をかけていた。
「僕、そこで働かせてもらえませんか?」
どうしたら彼女にわかってもらえるのか必死だった。
「お願いします」
きょとんとする彼女に正座をし頭を下げる。土下座だが、こことは違う世界では重く見られても、果たして異世界で通用するのだろうか。誠意が伝わるだろうか。
「お願い、します」
もしケーキ屋で働けたら、僕も幸せになれるんじゃないかって、そんな単純な発想だった。
だから、うろたえる彼女を前に頭を下げ続けた。
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