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第11話
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――あれから、できないこととか困ったことがあったらすぐに助けを呼ぶようになった。夜だって早めに寝るし、ご飯もきちんとしたものを食べるように心がけている。
少し変わった、この世界に来てからの僕の日常。
今までよりもずっと受け入れてくれる人が増えたのに、話せる人もできたのに、どうしてだろう。待ってしまう。
『スーウェン? ああ、最近忙しいみたいだね』
『そう、です、か』
間を置かず、夜遅くでも来ていたのに、スーウェンさんがもう2週間以上『リゲラ』に来ていない。
今日ももう陽が落ちてしまい外は暗い。そろそろ店じまいの時間だ。ため息を吐く、と同時に扉が開いた。
ハッと顔を上げる。
『まだ大丈夫かしら? 明日お客様が来ること忘れてて、』
入ってきたのは、女性のお客さんだった。
咄嗟に返答に詰まる僕に代わって、エリアさんが前へ進み出る。お客さんは急いでいたのか気を遣ってなのか品物を選ぶとすぐに出ていってしまった。
『ありがとうございました!』
2人並んで頭を下げ、お客さんを見送る。『そろそろ閉めようか』とエリアさんが言った。
今日も、来なかった。
あの日から、顔を見ていない。きちんとお礼を言いたいのに、話がしたいのに、会えない。
『気になるの? スーウェンのこと』
『はい』
『……何かあったわけじゃないよね?』
『何か、ですか?』
『うん』
『大丈夫そうだね』と頷かれる。エリアさんが大丈夫ならそれでいい。僕は首を傾げ、また俯いた。
スーウェンさん、泣いているところなんか見せてしまって呆れただろうか。何だったか怒られたような気もする。正直、熱と眠気のせいで、何を話したのかあまり覚えていない。
変な奴だって思われていないといい。
今まで通り店に来てほしい。もしかして、避けられているんだろうか。
マイナスに傾きつつある思考を、エリアさんの手が止めた。ぽんぽんと頭を撫でてくれる。
『――外から来たノゾミくんは知らないかもしれないけど、今、ラドヴィンは戦争をしているんだよ』
『せん、そう』
突然の物騒なキーワードに脳が冷える。
エリアさんは頷いた。
『そう。といっても、もう長く敵対している相手で、その戦争も慢性化しちゃってる。けど、最近になって、相手側、リントスって国が新兵器を持ったらしいんだ。それで、今、ラドヴィンは対応に追われてる』
『リントス』、その単語に聞き覚えがあった。
前に城の中で、あの人が、俺を召喚した人が、話していた中にその単語はあった。『リントス王が「救世主」の召喚に成功したと』――。
新兵器、ってもしかして。血の気が引いた。
『スーウェンさんと、そのこと、何か関係があるんですか?』
『いや、特別関係しているわけじゃなくてね、うちも例外じゃないよ。流通も停滞してくるだろうし、普段どおりの生活をするには準備がいる。忙しくなるってこと』
『そう、ですか』
『うん、だから、ノゾミくんは何も気にしなくていいんだよ。スーウェンが来ないのは仕事のせい』
見抜かれていたようだ。恥ずかしい。
そうか、でも、やっぱり、しばらくは来れないのかもしれない。今までだって仕事でへろへろになっていたのに、それ以上の忙しさになっているんだから。
平気かな、スーウェンさん。体調、崩していないといいけれど。
スーウェンさん、
『スーウェンのこと、好きなんだ?』
『え、えっ!』
にやにや、エリアさんはそんな擬音が浮かぶような、らしくない笑い方をしていた。らしくない、けれど似合ってはいる。
突然どうしたんだろう。どういう答えを求められているのかわからない。
『す、好き、ですよ?』
ぽろり、言ってしまった。
エリアさんは『おや』と目を見開いた。何でそんな質問してくるんだろう。何をそんなに驚いているんだろう。
『あの、僕が一方的にそう思っているだけで、特に親しくして欲しいとかではなく、て』
慌てて予防線を張りにかかる。
ただ、会いたい。ただ、話がしたい。そう思っているだけで、それをスーウェンさんに強制するつもりはない。
もちろん会えたら嬉しいし、話が出来たらもっと嬉しい。
けど、それだけだ。
『僕に、にそんなふうに思われても、気持ち悪いでしょうけど。迷惑は』
『はいはいはい、そこまで。そんなことないと考えてたわけじゃないから!』
エリアさんは腕を組み、天井を仰いだ。「ん――」と低いうなり声が聞こえてくる。本当にどうしたんだろう。
ハラハラ見守っていると、また、視線が戻ってきた。自分の顔を指さす。
『じゃあ、僕のことは好き?』
だから! 何を求められているのかわからないです!
『ね、素直に言って。好き?』
答えを急かされ、更に焦りが増す。混乱したまま、大きく頷いた。
あたり前だ。この世界にきて、エリアさんに出会わなかったら、どうなってるかわからない。
好きなんて言葉じゃ足りないくらい、感謝してる。
エリアさんは、それも満足いく回答でなかったのか更に質問を重ねた。
『じゃあ、ミラのことは?』
いつの間にか強く拳を握っていた。汗が酷い。
一体どうしたら正解にたどり着けるのか、「好きじゃありません」なんて思ってもないし、言えるわけもないし。
『も、ちろん。好き、です』
『そうなんだ』
『は、はい。……あの、僕、』
どこかがっかりしたような顔をしているエリアさんが、何を考えているのかわからない。堪えてはいるが、視界が滲んでくる。拳を更に強く握りしめた。
どれも満足のいく答えじゃなかったようだ。
『ごめんなさい、帰ります』
逃げようと、背を向けるも、エリアさんの手に妨げられた。
『ちょっと待って、ノゾミくん』
恐る恐る振り返れば、エリアさんは、にっこり、いつもの笑みを浮かべていた。
少し、ほっとする。よかった。不快に思われたわけではなさそうだ。
『僕もノゾミくんのことが好きだよ』
え。
『ミラだって、同じだ』
『っ、』
鳥肌が立った。背筋が伸びる。口をパクパク開閉させ、終いに閉じた。なんて返したらいいのかわからない。
好きだって、エリアさんもミラさんも、僕のこと、好きだって、言った。
『スーウェンもきっとそうだよ。今度、お店に来たら聞いてあげる』
『え、わ、い、いいですよ。そんな、気を、遣わせることになっちゃ、申し訳な』
『大丈夫だよ』
何の根拠があるのか自信満々に頷くと、エリアさんは一度僕の頭を『いいこ、いいこ』と撫で、片付けに入ってしまった。
――今日のエリアさんは変だ。
店の外に出、看板をしまう。そのまま、ついつい公園まで行き左右を見回す。人影はない。静かに噴水が凪がれる音が響くだけだった。
ため息が零れる。
また駆け足で店に戻り、扉を閉めた。
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