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第13話

13  一気に顔に熱が登る。慌てる僕に、『久しぶり』とスーウェンさんは言った。  顔色がいつも以上に酷い。相当に疲れているようだ。ふらふらと前後左右に小さく揺れている。  駆け寄り、思わずその身体を支えた。  痩せた、ように思う。目を何度も瞬かせる様は、とても眠そうだ。それでも、こちらに向けて笑ってくれる。   『体調はいいのかい』 『あ、はい。もう1ヶ月近く経ってますから、すっかり』 『そんなになるのか、いや、そうかよかった。気になってて……いや、にしても、早いなぁ、時間が経つのは』  どこか遠くを眺めだしたスーウェンさんが、本気で心配になってきたところで、ほうきを手にしたミラさんが、お店から出てきた。  スーウェンさんの姿に驚いたようで、『あ』と口を大きく開く。すぐに店内に引き返し、エリアさんを連れてきた。   『スーウェン!』 『ああ、エリア、久しぶり』 『久しぶり、じゃないですよ。ほら、中入って下さい。ミラ、2階の僕の部屋のベッド整えてあげて』 『眠い』 『見ればわかります』  その言葉を残して、突然、スーウェンさんの身体が重たくなった。支えきれず、よろめく。エリアさんが代わってくれた。  『しょうがない人ですね』とため息を吐きながら、2階へ運ぶ。  僕も気になって、後ろから付いていく。 『スーウェンさん、どうしたんですか? どこか悪いんじゃ……、お、お医者さん』 『落ち着いて、ヒイロくん。寝ているだけだよ。初めてのことじゃないから大丈夫』 『でも、』  自分でも大丈夫だ、落ち着かないとと思うのに、不安でしょうがない。何もできないくせに手が出たり引っ込んだりと、みっともない。  ベッドに横たえられたスーウェンさんの顔色は真っ青だった。けれど、エリアさんの言うとおり、よく寝ているようで、薄く開いた唇からは規則正しい寝息が聞こえてくる。 『もうお店開けなきゃ。スーウェンのこと任せるね』 『え、あの』 『起きたら教えて』  そう言い残して、エリアさんはさっさと階下に降りていってしまった。『いらっしゃいませー』と早速朝一番のお客さんが入ったのか、ミラさんの高い声がする。  どうしたらいいのかわからず、きょろきょろ周囲を見回す。  エリアさんの部屋だろうか、本棚にはぎっしり、お菓子作りの本が並んでいた。机の側にあった椅子をベッドまで移動させ、そこに腰を下ろす。  『任せる』って言われても、何をしたらいいのだろう。スーウェンさんはまだまだ起きないだろうし……スーウェン、さん。  そうっと、そうっと、指先で、スーウェンさんの腕に触れる。暖かい。  不意に涙がこみ上げてきた。自分でも驚いて、鼻をすすり、堪える。  スーウェンさん、だ。  すごい、久しぶりだ。会えた。嬉しい。  嬉しい。 『……また泣いているの』  気がつくと、スーウェンさんの緑色の瞳が薄く開いていた。まだ眠そうだ。  しまった、起こしてしまった。僕、いない方がいいんじゃないだろうか。 『うるさくしてごめんなさい。僕、下降ります』 『ノゾミ』  椅子から起ち上がり出て行こうとするも、くいと手が、僕のシャツの後ろを引いた。  ばくばく、心臓がうるさい。 『ここにいてよ。君に会いに来たんだから』 『え?』 『ずっと心配してたんだよ。あれから顔出せなくて、どうしているだろうって』  心配?  椅子に戻る。スーウェンさんは満足げに笑んだ後、また目を閉じた。口だけが動き続ける。 『ちゃんと寝てる? 食べてる? 無理してないか?』 『……ちゃんと、してます。あの、僕もずっと、お礼を、言いたくて』 『お礼?』 『部屋まで、運んでもらって、スープも、美味しかったです』 『そう、よかった』     スーウェンさんの笑みに、顔が火照る。なんだか直視できず、目を逸らした。  手が意味のない動きを繰り返す。組んでは離し、離しては組み、落ち着かない。 『お、お仕事、忙しそうですね』 『ああもう最近ね、うちの上司が無茶ばかり言うものだから、寝る暇もないくらい』 『――スーウェンさんこそ、あんまり無理しないように』 『はは、その通りだな。あいつに言ってやってほしい』  冗談らしく軽く言うけれど、こうして倒れるくらいだ。本当に寝る暇もないのだろう。そんな状態で、リゲラに来るなんて、本当に甘いものが好きなんだな。  また椅子から立ち上がる。スーウェンさんが、ゆっくり目を開けた。 『エリアさんから、何かもらってきます! 甘いもの!』 『いいよ。言ったでしょ。今日はノゾミに会いに来たんだって』 『ぼ、僕に会っても、いいことないですよ』 『そんなことないよ』  座れ座れと手招きされ、再び腰を落とす。落ち着かない、落ち着かない。僕だってずっと会いたかった。話がしたかった。  それなのに、緊張して、うまく頭が働いてくれない。 『ノゾミを見ると、元気がでるから。今日は来れてよかった』  下唇を噛みしめる。  家族からも嫌われていて、友達づくりも下手で、せっかく救世主として召喚されたのに何の力も持っていなくて。 『ノゾミ?』 『そんなこと、言ってもらえるような奴じゃないです』 『そんなことって?』 『僕の、嬉しくなるようなことばかり、』 『ぷはっ』  突然、スーウェンさんが吹き出した。腹を抱え散々笑った後、腕を伸ばし、僕の手に触れた。 『嬉しいんだ?』 『それは、もちろん』 『はは、可愛いなぁ、ノゾミは。よかった』  泣く程に面白かったのか、スーウェンさんは身体を起こし、目元をぬぐった。 『そろそろ戻るよ』 『え』 『元々、少しだけの約束だったから』 『でも』 『またね』  僕の頭に軽く手を乗せ、スーウェンさんはフラフラフラフラ部屋を出ていってしまった。  階下から、話し声が聞こえてくる。やっぱり引き留めようとするエリアさんの声と、それを断るスーウェンさんの声だった。  そして、扉が閉まる音。 『スーウェン、さん』    行っちゃった。  本当に少しの間だった。  起ち上がり、乱れたベッドを整える。今までどこに行っていたのだと聞きたくなるくらい、ようやく、心臓の鼓動が耳に入ってきた。  ばくばく、うるさいくらい。  ぎゅうとシーツを握りしめる。顔の火照りがとれない。  次はいつ会えるだろう。忙しそうだった。また、1ヶ月後とかだろうか。そんなことを考えると、胸が苦しくなる。  嫌だなぁ、そんなの。  目を閉じる。    僕、スーウェンさんのこと、本当に好きだ。

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