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第14話
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リゲラで新しいサービスが始まった。
『こちらがいっぱいになりますと、リゲラよりささやかなお礼の品をご用意しております。是非、またご来店下さい』
それは、20個に区切りの入った台紙の配布だ。いわゆるポイントカードというもので、一定金額の買い物で1個のスタンプがお客さんに与えられる。
『ありがとうございました』
材料の価格が上がったことで商品自体の価格も上げざるをえなかったらしい。その代わりに別のサービスをと、エリアさんが考えたものだ。
町は相変わらず穏やかでリントスの驚異なんていうものは感じられない。
それでも、少しずつ変化は近づいてきているみたいだ。ズクズク、胃のあたりが痛む。そっとそのあたりをさすった。
『あの!』
驚いた。見送ったはずのお客さんがまた戻ってきていた。
リゲラでは珍しい、逆立てた赤髪、鋭い目の、まだ若い男の人だ。さっき渡したばかりのポイントカードを目の前に突き出され、たじろぐ。
何かミスしただろうか。
怒っている。男の人の顔は真っ赤だった。
この間のことを思い出し、背に冷や汗が滲んでくる。
『あの、俺、エーゲルっていいます』
『は、はい』
『あの!』
なかなか続きが出てこない。床を睨み付けている。エーゲルさんは『あの』をもう一度繰り返した。そして、目線を上げた。
『このカードがいっぱいになったら! 俺と付き合ってくれませんか!』
怒っていたわけじゃなかったらしい。そうホッとした後に、今言われたことがじわじわと頭に浸透していく。段々と体温が上がってくる。
え。
付き合う。
『ずっと、可愛いなって思ってて、その、好き、です』
好き。
「え!」
思わず、大きな声が上がる。幸い、店内にはエーゲルさんしかおらず、他のお客さんを驚かせることはなかったが、エリアさんの手を止めてしまったようだ。後ろで『どうしたの』と声をかけられる。
1度そちらを振り返り、また前を向き、俯く。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
『男なのにすいません。あの』
反応に困っていると、エーゲルさんはまた同じ言葉を繰り返した。恐る恐る顔を上げる。エーゲルさんは、僕から目を逸らし、唇を引き結び、ポイントカードを丁寧にたたんでいた。
『返事は、すぐでなくていいです。困らせて、すいません。あの、また、来ますから』
そう早口で言って、今度こそお店から出ていってしまった。
『あ、りがとうございました』
どうしていいかわからないまま、とにもかくにも、普段通り深く頭を下げた。エーゲルさんもドアの向こうで小さく頭を下げてくれた。
そして、小走りで去っていく。
『大丈夫?』
ひょいと顔を覗かれ、エリアさんと目が合う。
『あ、お、大きい声出してすいません』
『うん、それは別に』
『ぼ、僕、今、もしかしたら、あの、勘違いかもしれないんですけど、今』
『うん、告白されてたね』
告白。
その言葉に頬の熱さが一層酷くなる。
『は、初めてされました! 人違いでしょうか!』
『いやー、後ろからずっとじっとずーっと見てたけど、そうじゃないと思うよ。彼、ノゾミくんが来てくれてからの常連さんだしね』
見られてたんだと思うと恥ずかしい。
エリアさんは背を伸ばし、天井を見上げ、『んー』と唸り始めた。顎に手をかけ、首を捻っている。
『あの、エリアさん、僕どうしたらいでしょうか』
『ん、んー。そうだね、ノゾミくんのいいようにしたらいいよって言いたいんだけど、僕としてはちょっと待ってほしいっていうか』
エリアさんは目線を下ろさないまま、回答の汲み取りづらい言い回しをする。
また、扉が開いた。
エーゲルさんが戻って来たのだろうかと緊張するも、違った。
『スーウェンさん!』
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