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第15話
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1週間ぶりだ。
駆け寄り、見上げる。この間より、少しは血色がいい。足取りもしっかりしている。思っていたよりもずっと早くに顔が見れた。
『いらっしゃいませ、スーウェンさん』
『ああ、元気だったか、ノゾミ』
大きな手が頭ごとぐわんぐわんと僕の髪を掻き回す。ここに来てから一度も切っていない髪は今は首筋を覆うくらいに伸びていた。
視界までもが髪で遮られ、どれだけぼさぼさになっているのかと思うと恥ずかしい。スーウェンさんの手を止めようとするも、やめてくれない。それどころか、「ははは」など笑い声が聞こえてくる。
完全に遊ばれている。
『ス、スーウェンさん! エリアさん、新作つくって待っていましたよ』
『新作か!』
髪の隙間からパッとスーウェンさんが表情が明るくするのが見えた。手が離れる。僕は慌てて手櫛で髪を整えた。よし、今日にでも切ろう。
エリアさんは、ガラスケースに肘をつき、にこにことこちらを見ていた。
『スーウェン、君は本当に運だけは持ってるよね。いいタイミングです』
『ん、それか、新作』
エリアさんの手にはきれいに包装された箱がある。スーウェンさんはもはやその箱しか見ていない。
蜜に引かれる蝶のように、左右に揺れながら近づいていく。そして、がっしり、両手で箱を持った。
『よく出てこれましたね、スーウェン。忙しいんでしょう?』
『俺があまりにもこの店のことを話していたら、さっさと行ってこいってさ』
『ああ、使い物にならなくなったから、外に出されたわけですね』
『そうとも言う』
すりすりと箱に頬ずりをし、スーウェンさんは顔を上げた。あ、もう行っちゃうのか。せっかく1ヶ月待たずに会えたのに。
もっといてくれないかな。
『ん。どうした』
じっと見ていたのがバレた。『な、何でもないです』、大きく首を横に振る。スーウェンさんが笑いながらまた戻ってきてくれた。
なんだなんだと混乱している間に、ひょいと逆立っていたらしい髪の束が下ろされる。わあ、まだ直ってなかったんだ。
『すいません、ありがとうございます』
『うん』
『俺がやったんだけどね』と、スーウェンさんはまた笑う。その顔を見ていたらなんだか嬉しくなってしまって、僕まで口が綻んだ。
『あれえ、ノゾミ』
腰を曲げ、俯き気味だった顔をのぞき込まれる。
にやにや笑みを浮かべるスーウェンさんがあまりに近くて、目を逸らした。態度悪い。こんな反応してたら誤解されてしまう。感じ悪い。
けれど、そんな葛藤も、両頬を挟まれ正面を向かされてしまえば、消えてしまった。目を細めたスーウェンさんが首を傾げる。
『ノゾミは俺に会いたかった? 寂しかったのかな?』
頭が真っ白になった。心臓が、痛いくらいにバクバクうるさい。
黙ってこくりと頷と、スーウェンさんはふるふると小刻みに震え始めた。
『可愛い!』
抱きすくめられる。
いよいよ、頭が噴火しそうだ。
嬉しいけど、苦しい、苦しい。何度も背中をタップして、ようやくスーウェンさんの身体は離れた。
にこーっと笑んだまま、またしてもぐちゃぐちゃに髪をかき混ぜられる。
嬉しい。嬉しいんだ、け、ど、髪、困る。
『え、あ、あ! スーウェンさんにもアレ、差し上げます!』
『ん、何?』
バクバク、心臓が保たない。スーウェンさんの側を離れ、ガラスケースの上に置かれたかごの中からポイントカードを手にする。
シンプルな2つ折りの台紙で、表紙にはリゲラの文字が印字されている。
スーウェンさんは繁々とカードを見、中を広げた。
中身はスタンプのためのマス目と簡単な説明書きが添えられている。
『あ、スタンプ押しますよ』
『スタンプ?』
『はい』
預かった台紙にポンポンポンとスタンプをついていく。開いたままの状態で、スーウェンさんに見せた。
『こちらいっぱいになりますと、リゲラよりささやかなお礼の品が用意してあります。是非、またご来店下さいって、スーウェンさんはもうすぐいっぱいですね』
何しろ、買っていくものが高値のものばかりなのだ。今回の新作の値段も、店で売られているものとはケタ違いだった。
『ふぅん』、スーウェンさんは、口角を挙げカードをつまみ上げる。お礼の品という言葉にはやはり惹かれているものがあるようだ。
『そういえば、ノゾミくん。さっきそのカードをだしにして迫られてなかった?』
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