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第16話
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『告白、されてたでしょう?』
咄嗟に返事ができなかった僕に、エリアさんは微笑みを浮かべたまま、更にそう言葉を重ねた。
ぐわっとパニックが再熱する。
『なに、告白って? ノゾミが? 誰から、あ、店の前ですれ違った奴か、もしかして!』
僕が何か返す前に、スーウェンさんはあっという間に事態を把握してしまった。その勢いに飲まれつつ小さく頷けば、ぽかんと口を開け固まった。
『信じられない』って感じだ。そうだよなあ。
その通りなんだけど、そうも正直な表情をされると少し凹む。それを悟られたくなくて、わざと笑って見せた。
『びっくり、ですよね。僕みたいなのが、そんな風に言ってもらえるなんて』
『あ、いや』
『そうじゃなくて』、語尾を濁しながら、僕から視線を逸らす。
あ。
思わず、1歩、後ずさる。
どうしよう。なんだかちょっと、やっぱり、ショックだ。
やだな。せっかく来てくれて、笑ってくれて、嬉しかったのに。僕のせいで、こんな気まずそうな顔させてしまっている。
やだな。
『ぼ、僕、そういうの、これまで言われたことなかったから、どうしようって』
笑って、スーウェンさん。
願いながら、努めて明るく言う。
スーウェンさんの視線は、戻ってはこなかった。床を見ながら、言う。
『そんなの、ノゾミの好きにすればいいんじゃない? 俺に聞かなくてもさ』
気のせいじゃないと思う。僕はいよいよ笑った顔を保てなくなった。けど、スーウェンさんもこっちを見ないから、もういいか。
怖い。
スーウェンさん、今、僕を突き放した。
『面倒』だとか『そんなのどうでもいい』とか、そういうことだろうか。この会話をもう打ち切りたい、そんな様子を感じる。
怖い。
何が、機嫌を悪くさせたんだろう。そりゃ、僕の話なんておもしろくないだろうけど。けど、普段のスーウェンさんなら、聞いて笑ってくれるような気がしていた。
勝手に、そう思い込んでいた。
どうしよう。
こんなつもりじゃなかったんだ。
熱くなってきた目頭を、不意に冷たいものが覆った。傍でエリアさんの声が聞こえる。
『はい、2人ともやめ』
目を隠してくれたのは、エリアさんの手のようだった。
『スーウェン、大人げない。みっともない。情けない』
『悪い』
深いため息が聞こえてくる。
エリアさんの手がパッと離れた。ぼやけた視界で、スーウェンさんはちゃんとこっちを見てくれていた。
眉が八の字だ。困っている。
『ノゾミ、ごめん』
僕が離れた距離を、スーウェンさんが1歩で埋める。反射的に後退ろうとするも、エリアさんがそれを受け止めた。
『なんか、おもしろくなくて。ノゾミが嬉しそうに話すから』
おもしろくない。
頬が赤くなる。恥ずかしい。一方的に、自分の話なんかして、スーウェンさんつまらなかったんだ。
『僕の方こそ、ごめん、なさい』
何を調子に乗ってたんだか。
そりゃあ、誰だって、興味のない話をされれば、しかも相談なんかされたら面倒に思うよな。
怖い。
嫌だな。嫌われたら、嫌だ。
知らぬ間に手が震える。堪えようと握りしめれば、指は酷く冷たかった。
『ごめんなさい』
エリアさんがそっと肩に手を置いてくれた。ぐちゃぐちゃになりそうだった思考回路が、ひとまず落ち着く。
そして、エリアさんは大きく踏みだし、スーウェンさんの頭を平手で殴った。
『エ、エリアさん!!』
見上げる。そこには普段と変わらない穏和な笑みが浮かんでいた。
『とりあえず、帰って、頭を冷やしなさいよ。で、よく考えること』
『ノゾミくんもね』と微笑まれる。
それから、エリアさんはスーウェンさんを店から蹴り出した。
スーウェンさん、帰ってしまう。
次はいつ、それとも、もう。
『あの、また、来て下さいね』
思い切って声をかける。
届いたのか、ドアの外、スーウェンさんは1度立ち止まった。長い髪をくしゃくしゃと掻き上げ、頭を下げる。
『また来るよ』
口が、確かにそう動いた。
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