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第18話

  18 『スーウェンさん?』  何故ここでスーウェンさんの名前が出てくるのだろう。エリアさんは、黙って僕を見下ろしている。とても冗談で言っている様子ではない。   『わからないで、エーゲルくんと付き合うの? それは彼に失礼だよ』  吐かれたため息に、肩が震える。エリアさんは、呆れているみたいだ。  だって、けど、スーウェンさんとどちらがなんて考えたこともない。考えちゃいけない。  それは、いけないことだ。どちらかを選ぶなんていうのは、やってはいけないことだ。 『小枝はいいこ』  僕は、そんな立場にない。  答えられないまま俯く。明日、どうすればいいか。そうだ、考えるまでもなかったんだ。  僕に断ることができない以上、僕を『好き』と言ってくれたエーゲルさんに首を横に振ることなんてできない。   『僕は、エーゲルさんの告白を受けようと思います』 『どうして?』 『す、好きって言ってくれたから』 『僕も』 『え』  頭に乗ったままだった手が、不意に腰に回された。ぐいと引き寄せられ、身体が強ばる。慌てて顔を上げれば、ごく至近距離でエリアさんが微笑んでいた。   『僕も好きだよって、前にも言ったよね。僕と付き合ってくれる?』 『え、えええ』  だって、けど、どうすれば、なんで。どうすれば。   『嘘、ごめん』  エリアさんの手が離れる。  嘘。  その言葉にほっと胸を撫で下ろす。 『ノゾミくんのことは好きだけどね。そういう意味じゃない』 『あ、はい』 『安心したでしょう、今』  エリアさんは、そう笑って、僕に背を向けた。おもむろにエプロンの紐を解き始める。 『エ、エリアさん?』 『ノゾミくんは可哀想だね。そうやって、誰のことも好きにならない気だ』 『好き、ですよ』  エリアさんもミラさんもスーウェンさんもエーゲルさんも、皆優しくしてくれる。皆、ちゃんと僕の名前を呼んでくれる。こっちを見てくれて、話をしてくれる。  エリアさんは、『そう?』と疑問系で返しただけで、それ以上は何も言わなかった。僕も『そうですよ』と補強ができないまま、立ち尽くす。  エプロンが台に置かれた。  『ノゾミくん。ちょっと配達に行ってくるね。すぐに戻るから』 『え、あ、はい』  エリアさんが配達なんて珍しい。いつもミラさんが出ているのに。急ぎの用なんだろうか。『僕が行きます』と声をかけるも、断られた。  店内に一人きりになり、気が引き締まる。 『スーウェンより、好き?』  その言葉が消えてくれない。頭を振り、次のお客さんに備えた。  ***  朝が来た。  目をこする。頭がぼんやりする。窓から上げた空は雲1つなくよく晴れていた。  あまり眠れなかった。  心臓が痛い。  エーゲルさん、今日来るだろうか。 『いらっしゃいませ』  扉が開く度、全身が緊張する。入ってきたのは、よく朝にパンを買いに来てくれる女性だった。  慌てて笑顔を作り直し、礼をする。 『い、いらっしゃいませ』  声、裏返ってしまった。お客さんは小さく笑って棚に向かった。  しっかりしなきゃ。大きく深呼吸をする。そもそも本当に今日、エーゲルさんが来てくれるかもわからないのに。 『ありがとうございました』  お客さんを見送った後、強く目を閉じ、また開ける。  昨日も色々考えていたらやっぱり眠れなくて、ついつい注意散漫になってしまう。両頬を軽く叩き、背筋を伸ばす。  また、扉が開いた。カウンターから身を乗り出す。 『いらっしゃいませ!』  今度はしっかり挨拶をする。けれど、頭を下げる、その途中で止まってしまった。 『お、おはようございます!』  赤いツンツン髪が勢いよく上下する。つり上がった瞳と目が合った。そのまま彼は何も言わずにかごを手に取り、お菓子を入れていく。  掌に汗が滲む。ぎゅうと握り込んだ。  品物が選ばれるのは早かった。心の準備が整う間もなく、カウンターにエーゲルさんがたどり着いてしまった。  ドン! と音をたて、かごが置かれる。  視線が痛い。  『お、預かり、します』  数を数え、値段を伝える。金額とともに『リゲラ』の文字の入ったカードも差し出された。  どきりとする。   『いつも、ありがとうございま、す』  小さなスタンプを手に持ち、空欄の枠と向かいあう。  一度、少しだけ顔を上げた。エーゲルさんの目は真剣な様子で枠を見つめている。ど、うしよう。  どうすればいいんだろう。  ううん、もう決めているんだから。  いつまでもスタンプを押さない僕を不思議に思ったのだろう。エーゲルさんも台紙から顔を上げた。  目が合う。 『ノゾミ、さん?』  声はかすれていた。きっと僕以上に緊張しているんだ。ごくり、小さく唾を飲み込む。付き合うとか恋人とか、そういうの別の世界の話で絶対に僕に訪れることなんかないって思っていた。  けど。 『僕、』

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