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第22話(エリア)
22(エリア)
あの頃はまだ、言葉をうまく話せないようだった。ミラに連れられて来た彼は、ひどく挙動不審で恐縮していた。痩せた小柄な少年。
お腹の音が鳴る度に顔を赤くしてもごもご何かしゃべっていた。
残っていたケーキをあげると、黒の目が「いいの?」と尋ねてきた。頷くと、ようやくフォークをとってくれた。皿からケーキを掬う。ぱくり、口に入れた。
「ん!」
赤い顔がもっと赤くなる。目が、キラキラ光ってる。
甘いものが好きだったんだろうか。
ものすごく喜んでくれた。実に美味しそうに食べてくれた。
それが、彼の採用の理由だ。
***
『僕は、エーゲルさんの告白を受けようと思います』
ああ答えられたときにはどうしようかと思った。
いやいや違うだろうと、そういうことを察してもらいたいがための揺さぶりのつもりだった。
『あの、僕が一方的にそう思っているだけで、特に親しくして欲しいとかではなく、て』
そう、あの時もそうだった。
ズレている。
卑屈なまでに、選択肢を持とうとしない。受け身が過ぎる。いつも、1歩離れてこちら側を見ている印象がある。
人の悪意に敏感で、敏感すぎるから、いつも人の顔色を見て、人を優先している。
怖がっている。
それでも、すぐには、今回の告白を受けなかった理由は、間違いなくスーウェンのことがあったからだろう。
本人は気がついていなかったが。
スーウェンが来ない日は、健気にも公園まできょろきょろ様子を見に行っては肩を落としていた。
スーウェンが顔を見せた日は、あからさまに嬉しそうに笑みを零していた。
そのくせ、「好き」とは言っても、皆と同列だというのだからおかしなことだ。
これはもうダメだ。放って置いたらこのまま、突き進んでしまうかもしれない。
そう考え、ノゾミくんには「配達」と偽り、城へ向かった。長い階段を登った先、当然そこには門番がいた。
会えなければ伝言だけでもと思っていたのだが、「リゲラ」の者だと言えば、門番達は「スーウェン様ですね」とすぐに応じてくれた。
よほど、店のことを連呼してくれているらしい。ありがたいことだ。
「よう」
ふらふらと城から出てきたスーウェンの顔はいつもと変わらず青かった。窶れていた。
「こんにちは。忙しいところすいません。僕もまあ、暇なわけではないので、用件だけ」
スーウェンとは長い付き合いになる。家柄がそこまでいいわけでもない癖にここまでのし上がった理由は、希望とかではなく、持ち前の要領のよさと運のよさ(ただし、そこに本人の意志は反映されない)があったからだ。
あとなんだかんだ言って真面目に仕事はやる。
それから、几帳面。で、微妙に潔癖。人に触れるのも触れられるのも嫌がる。
そんな諸々の理由から、彼もまた、1歩外から人を見ている。
本人は気づいていないだろう。
そのスーウェンが、ノゾミくんにだけは、自分からあそこまでべったりひっついている。
だから、勝算はあると踏んでいた。
「んー?」
首を傾げるスーウェンの頭を引っぱたく。
せめてお前だけでもしっかりしてくれていればと、改めて苛立ったのだ。
「明日、多分、早い時間の内に、ノゾミくんは例の告白を受ける気だよ」
スーウェンの目が瞬きを繰り返す。
「え」
「あとは自分で考えろ」
「え」
呆然とするスーウェンを置き去りにし、階段を駆け下りた。
***
なんとも、ハラハラさせてくれたものだ。
2人は、「また」と、今度こそ約束を交わしていた。
鍵を壊されたことには怒りを覚えるが、そこはまあ、ノゾミくんの頑張りに免じて許そうじゃないか。
ホッと息を吐く。
自分も影ながら応援してきた甲斐があったというものだ。
「スーウェンはね、この国の王様の一番近くで働いている人なんだよ」
気が抜けた拍子にぽろりと言ってしまったが、まあ問題ないだろう。なんせ、これから2人は付き合っていくのだから。
それにあんな迎えが来ては誤魔化しようもない。
「ノゾミくん、よく頑張ったね」
頭を撫でる。
これからは2人でケーキを食べられるといい。
甘いものが好きな者同士だから、きっと楽しい。
そうに決まってる。
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