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第23話(スーウェン)
23(スーウェン)
なんだかぼおっと流れに身を任せていたらこの地位にいました。そう言えば、部下であるはずの男にものすごく嫌そうな顔をされた。
あ、これは失敗だったなとわかったので、それ以来、そんな内容のことは思っていても言わないようにしている。
けれど、これは事実だ。
学舎で優秀な成績を収め、親の希望もあり、役人の試験を受けたりして、受かったりして、そこでも優秀な成績を収めていたら、元々王様が、学舎での同級生だったことも手伝い、こんな立場になっていた。
首を傾げる。
いつのまに、こんなに動かせる人員が増えていて、こんなに仕事量が増えていて、こんなに責任が増していたのだろうかと。
ラドヴィンとの戦争も実感が沸かないでいた。
これもまあ、とりあえずはどうにかなるんじゃないかなんて思っていた。
***
そんなスーウェンだったが、最近では真面目に、いつもだって不真面目なわけではないが、心の底から真面目に仕事に取り組んでいる。
ああだこうだと頭を悩ませている。
「どうしたんですか」
そう部下に心配されても、普段手を抜いている自覚すらないスーウェンにとっては何が? と逆に問うことくらいしかできない。
まあ、ただ、そうだな、そうそう。
「疲れた」
普段以上に疲労を感じている。
頭がぐらぐらする。
言葉に出した途端、急に実感してしまった。スーウェンは机につっぷす。
「『リゲラ』、行きたい。ケーキ、」
「買いにいきましょうか」
「いや、自分で行く。自分で行きたい」
「はあ」
時折起こる、悪い病気だ。部下はあきらめている。
「新しく入った子がさあ、ノゾミっていうんだけど」
「はあ」
「小さくて、ちょこちょこしてて、可愛いんだよ」
「は、はあ」
「一生懸命でさ、見てるこっちがハラハラするくらい」
「はあ」
「会いたいなあ」
愚痴くらい聞いてやるかという気持ちだった部下も、つっぷした顔の隙間から寝息が聞こえた途端に青ざめた。
「寝ないで下さい! この書類の決裁、今日の午後まで! 僕はそれをすぐに王まで回せるよう待機してるんですよ、スーウェン様ああ!」
***
「さ、スーウェン様、席について下さい」
「はい」
「これとこれとこれ、急ぎの書類です。あとこれは、今日の会議での緊急の報告、で、こっちはスーウェン様の意見を頂きたいということで」
「うん」
スーウェンが突然脱走した。
ここ最近はなかったことなので、部下一同はものすごく焦った。まあ、行き先に心当たりがあったので、すぐに見つかったのだが。
連れ戻してからのスーウェンの様子がおかしい。
「あと、できれば表情をもう少し引き締めてもらいたいのですが」
「え、あ、うん」
絶対にわかっていない。
スーウェンは、いつだって青い顔をしてどちらかというと暗い表情をしている。それが、今は違う。
完全に頬が緩んでいる。
へらへらにこにこしている。
そのくせ、手だけはよく動いている。
出て行く前とは大違いだ。
出て行く前といえば、もう、それはもう、落ち着きがなかった。貧乏揺すりは酷いし、いつも以上に几帳面になってしまい、そんな場合ではないのに、本棚の整理や机の掃除を始めてしまう始末だった。
「何か、ありましたか?」
「え、うん!」
手が止まり、パと顔が上がる。
聞かなきゃよかった。部下は後悔した。
「ノゾミと付き合えることになったんだ!」
「はあ」
「これからは堂々とノゾミにくっつけるし、ノゾミの部屋にだってお邪魔するし、ノゾミとほら、いや、まだ先になるだろうし先でいいんだけど、ほら、セックスだってできるわけだろう」
「は、はあ」
「会いたいなあ」
「はあ」
最後の「はあ」はため息である。
色恋沙汰か、面倒くさいし、いい加減しつこいかもしれないが、今はそういう場合ではないんだと、苛立ちを覚える。
「だからさ」
スーウェンの背筋が伸びる。
改めて書類と向き直る。意見書を片手にペンを動かし始める。
もう目は、部下を向いていない。
「頑張らないとな」
部下は少し顔を赤くし、頭を下げた。
たまになら、例のケーキ屋に行くことを見逃してあげようと、こっそり思った。
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