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第25話
スーウェンさんと『お付き合い』できるようになって、もう7日が過ぎた。ゆっくり指を折り曲げ、数える。ずっと、会えていない。
忙しいのだろう。疲れているのだろう。そう自分を落ち着ける。
大丈夫だから。
『小枝はいい子』
大丈夫、そう何度言い聞かせても溢れてくる声がある。
耳をふさいでも頭の中でぐわんぐわん響く。
階下から聞こえる、家族の楽しげな笑い声だ。1人、部屋に閉じこもり、耳に手を当てる自分の姿が脳裏に浮かぶ。
まるで、自分など元からいなかったような『家族』のかたち。自然なかたち。
怖い。
溢れる。
ダメだ。
怖い。
目頭が熱くなる。
怖い。
スーウェンさん、本当に付き合ってくれるのかな。僕なんかのこと、本当に「好き」なんて思ってくれているのかな。
『救世主』得られなかった原因て、知られてしまったかな。
のんきな奴だって、思われたかな。
「は、」
漏れ出た嗚咽に、泣いていることに気がつく。いよいよ止まらなくなった。
「ひっく、う」
こんなことを考えてしまう自分が嫌いだ。
大嫌いだ。
苦しい。
スーウェンさん。
***
『ありがとうございました』
今日のリゲラは普段に増して忙しい。いつもは配達や買い出しに出ていることが多いミラさんも、今日は店内で一緒に働いている。
閉じる扉を見て、ほっと息を吐く。ようやく、今のお客さんで一段落だ。お昼も回った。これからは、比較的、ゆったりとしていることが多い。
『ノゾミくん! 私、外に買い出しに行ってくるから、中お願いね!』
落ち着く暇もなく、ミラさんはエプロンの紐を解き、外へと駆けていってしまった。
『あ、はい』など、慌てて返事をするも聞こえていなさそうだ。
情けない。
女の子であるミラさんばかりに動いてもらって。本当だったら、そういうことは、僕の方がするべきなんだろう。
『まだここらへんのことよく知らないんだ? じゃあ、とりあえず、接客から頑張って行こう!』
そう言われたのは、リゲラに入ったばかりの頃だ。今は、この町――っていうのは、言い過ぎだけど、お店の周囲くらいには詳しくなったと思う。
そっと、奥を覗く。
エリアさんが、甘い香りの中、腕を振るっていた。
『あ、あの』
『んー?』
目線は完成間近のお菓子に注がれたまま、間延びした返事が返ってきた。声をかけた途端に、緊張と後悔に襲われる。
やっぱり、こんな申し出、むしろ迷惑なんじゃないかとか。本当にできるのかとか。失敗したらどうしようとか。
結局、勢い余ってもう一度『あの』を繰り返してしまった。
エリアさんがこちらを向いてくれた。
『ん?』
普段どおり、優しく微笑んでくれる。それに、勇気づけられた。
ごくと唾を飲み込む。
『僕も、配達とか買い出し、行かせてもらってもいいですか』
目を軽く見開いた様子に、やっぱりやめておけばよかったと一気に後悔が強くなる。
どうしよう。けれど、今更、撤回なんて。
ううん、やらせてもらえるのであれば、やりたい。
『本当に? 助かるよ』
え。
『い、いいんですか?』
『いいんですかもなにも、嬉しいよ、ありがとう』
『い、いえ』
恥ずかしいな、どもりっぱなしだ。
けど、よかった。言って良かった。エプロンを握りしめる。きっとにやけているであろう顔を見られたくなくて俯いた。
こらえきれなかったのだろう。くぐもった笑い声が聞こえてきてますます恥ずかしくなる。
『こちらのほうこそ、ありがとう、ござい、ます』
『はは、うん。はじめは空いている時間にミラと一緒に行くといいよ。お願いするね』
お願い、された。
『はい!』
大きく頷いたところで、また扉の開く音がした。エリアさんにもう一度頭を下げ、向き直る。
『いらっしゃいませ!』
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