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第27話
***
『ありがとうございました』
『――ああ』
僕をベッドに降ろしてから、スーウェンさんも隣に腰を下ろした。肩で大きく息を繰り返している。
申し訳ないと思う。何度も『もう歩けるから』と伝えたものの、結局、最後まで抱いていてくれた。
嬉しかった。
『すいません』
『ふ、は、いや、ここで謝られると格好悪いから』
『はい、すいません』
『こら』
ごくごく軽く、肩をぶつけられる。お返しとばかりに僕も、もたれかかってみる。スーウェンさんはそのまま、肩を抱き寄せてくれた。ポスと、頭が腿の上に乗せあれる。
うわ。
体温が急に近くなる。見下ろされているのがわかる。手が、僕の髪を弄ぶ。
会うの、本当に久しぶりだ。
もう会いに来てくれないかと思ってた。もう会えないかと、思った。
なんて言ったら、スーウェンさんは怒りそうだ。
静かだ。
部屋も、外も、シンとしている。
2人きり、だ。
急に、声に詰まった。
僕だけでなく、スーウェンさんまで何も言わないものだから沈黙ができてしまう。知らず、握っていた拳に汗が滲む。
どうしよう。
恋人って、何を話せばいいんだろう。どうしたら、スーウェンさんに楽しんでもらえるだろう。忙しい中、せっかく来てくれたんだから、何かこうもっと。
焦るばかりで肝心の言葉は思い浮かばない。口べたな自分が嫌になる。
あ、
『お茶!』
『いいよ、そんなの』
即座に却下されてしまった。起き上がりかけた身体を、スーウェンさんの手が押しとどめた。また、髪いじりを始められてしまった。
く、くすぐったい。
『首まで真っ赤』
笑われる。だめだ、恥ずかしすぎる。指が、首の後ろをツツと撫でた。鳥肌が立つ。声が上がりそうになるのををどうにか堪えた。それに、スーウェンさんがまた笑う気配がする。
『え、あ、その、久しぶり、なので』
『うん、ごめん』
『いえ、忙しいのに、わざわざ来てもらえて』
『ノゾミ』
急に、下がった声のトーンにひやりと背筋が凍る。
『わざわざとか、そういうんじゃないだろ。俺だって、会いたかったんだから』
チュと、耳の後ろに吐息が触れた。
びっくりして、思わず、背を丸める。今、スーウェンさんの唇が。
『ぼ、僕に? 会いたかった?』
『当然、会いたかった。会いたくて、たまらなかったよ』
うっわああああ。あまりのことに、口がぽかんと開いてしまう。スーウェンさんの方を向きたい。あ、でも、首のところ、痣とかになっていないかな。
けど、スーウェンさんの顔が見たい。
手探りで、薄手の上掛けを引き寄せる。スーウェンさんが途中で気がついて、「寒いの?」と僕にかけてくれた。
首もとまで引き上げ、膝の上で寝返りを打つ。
『う、嬉しいです』
『ん?』
『僕も、僕の方が、ずっと、会いたかったから』
『ふぅーん』
『ふぅーん』て、どういう反応だろう。考える間もなく、スーウェンさんの手が、僕の伸び放題の髪を掻き回す。
抵抗しようと手を伸ばすも、うまくかわされてしまった。
『ちょ、スーウェンさ』
言葉の途中で、急に手の動きが止まった。髪の隙間から、スーウェンさんの顔が見えた。少し頬が赤い。しかめ面をしていた。
怒ってるのかと不安になった瞬間、身体を起こされた。
『あんまり可愛いこと言わないでくれよ』
そう聞こえた。
スーウェンさんの顔が、近い。近づいて、くっついた。
『え』
何が起こったのか頭が理解した瞬間、熱がカッと昇ってきた。
その熱が落ち着く前に、もう一度、唇が合わさる。
スーウェンさん、ちょっと待って下さい。パンクする。頭がパンクする。ストップ。
『これ』
無意識の内に目元まで引き上げていた上掛けにスーウェンさんの指がひっかかる。
『ガードのつもりだったの?』
『え、あ、や、違、違います、けど、ん』
今度は眉間にキスされた。
『ス、スス、スーウェンさん』
盛大に取り乱す僕の足首に手が触れる。撫でられ、ぞくぞくする。
『怪我とかはしてないみたいだな』と声をかけられ、何度も首を上下させる。
『ふ』
スーウェンさんは、小さく笑ってから僕を抱き寄せた。
どっどっどっ、心臓がうるさい。
『――最近、城内が荒れてて。なんだか不安になってきてさ、ノゾミにも何かあったらどうしようって。この程度でよかった。けど、もう猫を追いかけるのはやめてくれよ』
僕に『も』?
『帰りはエリアに送ってもらってくれ。そう伝えておく。夜は1人で出歩かないで』
『リントスの新兵器って、そんなに危ないものなんですか?』
聞こえていた息づかいが、一瞬、止んだ。声が震える。言ってしまってから焦りが追いかけてくる。
『知ってたのか』
『前に、エリアさんから少し、聞いて』
危ない橋を渡っている自覚はあった。けど、それでも知りたかった。少しでも安心したかった。
「救世主」なんてろくな力はないって、そんなの噂に過ぎないって、新兵器だってもしかしたら別のことを言っているんじゃないかって。
スーウェンさんの視線が痛いくらいだ。顔を上げられなかった。
『リントスは、別世界からの救世主召喚に成功したんだ』
期待はあっさり砕けた。
『笑うか? ノゾミも聞いたことがあるだろう。こことは違うもう一つの世界があって、国の危機には助けてくれるっていう話。ソレは【救世主】って崇められてる。救世主は、召喚された国の王を主としてその強大な力をふるう』
頭の中でぐるぐると色んな考えが沸いては消える。
申し訳ないとかよかったとか、スーウェンさんは僕のことをその「もう一つの世界」から来たとは思っていない。
『ラドヴィンは、呼び出すことはできないんですか』
握った指先が冷たい。血の気が引いているのがわかる。
『救世主召喚のための儀式はそう簡単にできるものじゃないんだ。力の強い術師の存在、それから機会も限られている。月の最も明るく輝く夜、白夜でしか儀式は行えない』
『無理、なんですか』
『ラドヴィンで唯一、別世界への扉を開ける程の力を持つ術師はもういないんだ。いたのに、突然力を失ってしまった。それに、』
スーウェンさんは、儀式が既に行われたこと自体、知らないような話しぶりだ。それとも、失敗に終わったことを知られるわけにはいかなくて、わざと黙っているだけなのかもしれない。
自分への罪が少しでも軽くなればと重ねた質問に、逆に追い詰められていく心地がした。どうか、どうか、誰かこの国を救って下さい。そんな厚かましいことを祈ってしまう自分が、本当に嫌になる。
僕は、何ができる? 何をするべきなんだろう?
『こんな話、嫌だよな。ごめん』
『い、いえ、あの、僕の方こそ、ごめんなさい。あの、……ごめんなさい』
『謝りすぎ』、笑い声とともに、スーウェンさんの身体が覆い被さる。暖かい。抱きしめられる。
『ノゾミは、絶対に守るから』
嬉しいはずの言葉は、鋭く胸を刺した。
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