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第31話

 キラキラ、陽の光が、銀の髪を後ろから照らしている。優しそうな緑色の瞳が、僕を見てくれている。  スーウェンさんだ。どうしてここにいるんだろう。スーウェンさんだ。  スーウェンさんだ。  手を地面につきながら立ち上がる。と同時に肩を両方から掴まれた。ぱたぱた、中身を確かめるように下へ下へ降りたかと思えば上へ上へ。また肩の位置で落ち着いた。   『だっ大丈夫か?』  ダメだ。  スーウェンさんの焦っている顔が、不謹慎にも嬉しい。心配してくれているのがわかって、頬が緩む。  俯く。伸びた前髪をいじりながら、表情を隠す。 『こら、何笑ってるんだよ。心配してるのに』  軽く、額をこづかれた。  バレた。 『ふ、は、いえ。スーウェンさん、だあって』 『――なんだ、また、可愛いこと言って。何も出ないぞ』  ぐりぐり、今度は髪をぐちゃぐちゃにかき回され、声を上げて笑ってしまった。  ああ、ダメだ。完全に気分が高揚してしまってる。 『スーウェン、さん。仕事は』  そうっとスーウェンさんの服を掴む。見慣れない、シャツに黒いベスト、濃い茶のカッチリした形のコートを羽織っていた。肩のあたりに小難しい刺繍が施されている。制服、仕事中だろうか。  行かないで、とは言えないまでも、もう少しだけいてくれないかな。 『ああ、ちょっと、……捜し物で』  やっぱり、仕事中らしい。  じゃあ、無理かな。手を離す。残念。2、3歩、後ろに下がる。 『じゃあ、あの。また』    だから、またっていつだろう。 『ま、た』  声が詰まる。  情緒不安定。そんな言葉が浮かんだ。そう思われてもおかしくない。笑った途端泣いてたら変に思われる。しっかり、さよならって、またって言わないと。  また、って。  でも。  その間に、なり損ないの救世主だってことがバレて。それで、スーウェンさんにまであんな冷たい目で見られるようになったら、嫌だ。  けど。  今日だって偶々会えただけで、もうしばらく会えないって言われているし、今度なんて、いつ。   『今度会った時にでも誘ってみるといい』  ドクと、心臓が打った。  そんなこと、できるわけがない。そんなこと、したところで、迷惑だってそういう態度されるに決まってる。  こんなことでスーウェンさんを引き留められるわけがない。  それなのに。 『ノゾミ?』  手が、後ずさるばかりの僕を引き留めてくれた。  眉毛、八の字だ。困ってる。  スーウェンさん。  スーウェンさん。 『今日!』 『え』  大きな声、みっともない。心臓が痛い。きゅうと両手でそこを押さえ込む。   『今日、また、夜、とかでも、あ、会えない、でしょう、か。一緒に、夜、いたい』  次第に消え入りそうになっていく声も、また、恥ずかしい。  恥ずかしい。やってしまった。早まった。絶対、早まった。  スーウェンさん、絶対に引いてる。  何も返してくれない。  今からでも撤回できるかも、いや、撤回しなきゃ。  勢いよく顔を上げる。  と、 『行く』  スーウェンさんの顔が、真っ赤だった。  手がしっかりと強く僕の手を握りしめてくれる。 『行く、必ず行く。なんとかどうにかして、絶対に行くから』  『待ってて』、なんだか、拝むように言われてしまった。 『スーウェン様!』  見たことがある。前にも店にスーウェンさんを捜しに来たことがあった。恐らくはスーウェンさんの部下なのであろう、僕と同じ年頃の男の人だ。ひょっこり角から現れ、僕に気がつくと深々と頭を下げた。  『お借りします』、そう言って、スーウェンさんの腕をとり、ずるずると引っ張っていく。 『ちょ、わ、まだ、話してる!』  手が離れる。  空になったその掌をぎゅうと握りしめた。遠くなっていくスーウェンさんを目だけで追いかける。本当なら、もう一度手を繋ぎたい。けれどそれは迷惑になるだろう。 『ま、待ってます!』  せめて、と大声で叫んだ。  スーウェンさんは、少し驚いたように目を見開き、それから、とろけるように微笑んだ。頷いてくれたように見せた。  角に姿が消える。行っちゃった。  スッと胸が寒くなる。けど、今日はまた会える。夜、会いに来てくれる。  夜。  ***   『ノゾミくん!』  視界に突然掌が入り込み、大げさに身体がのけぞる。ミラさんが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。ぱたぱた手が目の前で揺れる。  ハッと我に返った。 『す、すいません!』  慌てて背筋を伸ばし、外へ駆け出る。冷たい風に当てられているのに頬は熱いままだ。箒で外を掃き、黒板を中に引き入れ鍵を閉める。  閉めた。  閉店だ。  もう閉店の時間だ。  夜だ。  夜って。  段々と血の気が引いていく。  勢いで誘ってしまったけど、誘って、よりによって僕から、誘ってしまったけど。  大丈夫かな。大丈夫って、何が。ナニ、が。  自問自答をする度に、顔に血が上っていく。思わず、手で顔を覆った。穴があったら入りたい。逃げ出したい。昼間のこと、なかったことにしたい。今からでも遅くない。エリアさんにどうにかお願いしたら、城まで行ってくれないだろうか。  わあああ。 『ノゾミくん?』 『ミラさん……』  手を外す。ミラさんが眉を八の字にし、こちらを見ていた。  段々と時間が経つにつれてもう後悔が酷い。妙な動悸が酷い。倒れてしまいそうだ。  もう本当に、しっかりしないと、もう。 『なんだか、顔真っ青だし、涙目になってるよ。また熱あるとかじゃ』  曇っていく顔に慌てて首を横に振る。 『ご、ごめんなさい、大丈夫です。すいません……』  こんなことにそんな表情させてしまって本当に申し訳ない。 『そう?』 『はいっ!』  夜、のことは一旦置いて、今は今に集中しよう。心配かけるわけにはいかない。  ミラさんは首を傾げ、それから少し微笑んだ。背を叩かれる。 『なんだか知らないけど、ノゾミくんは考えすぎ! 深く考えすぎないことだよ!』 『はいっ!』  勢いに任せて、力一杯、頷いた。

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