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第33話

 嬉しくて。  バレませんように。涙で歪む視界を瞬きで誤魔化す。俯き、ひたすら堪える。  スーウェンさんは僕の頭を抱え、側に寄せてくれた。髪が頬にかかって、ホッとする。これなら、きっと気づかれない。 『ノゾミの誕生日、近いの?』 『あ、ど、どうでしょう』  この世界に来てから、まともに時間を追えていない。けど、リゲラでお世話になり始めて結構経つように思える。 『はは、何、それ』 『す、すいません』 『いいけどさ』  ドクドク、聞こえてくる。スーウェンさんの心臓の音だ。力強くて、優しい音だ。  不意に耳元に熱い息がかかった。跳ね上がる肩をぐっと抑えられる。 『今度会うときには、ケーキ、用意しておくよ。一緒にお祝いしよう』  ダメだ。  我慢していた涙が頬を伝って落ちる。ぽたりと、スーウェンさんのズボンの色が濃く変わった。  叶うことのなかった、僕の陳腐な妄想、それがまた、新しい形を作り出す。期待してしまう。  スーウェンさんと、エリアさんと、ミラさんと、テーブルの真ん中には丸いケーキがあって、そんな、ただの妄想。 『ノゾミ、もっと聞かせて』  特別、話したいと思っていたことがあったわけではないけれど、こうしてスーウェンさんが聞いてくれるのなら、今度からはもっと嬉しいこと楽しいこと見つけておかないとと思う。  もっと、聞いてほしいと思う。  新しいお菓子の話、エリアさんのこと、ミラさんのこと、お客さんのこと、ちゃんと覚えておこうって思う。 『頑張ってるんだな、ノゾミは』  そう言われて、ますます涙腺が緩んでしまう。ああ、もう。  いつも僕ばかり嬉しくて、もらってばっかりで、申し訳なくなる。  好きだなあ。  僕、スーウェンさんのことが本当に好きだ。  失いたくないなあ。  ずっと、好きでいてもらいたいなあ。 『スーウェン、さん』 『何』 『き、今日は、いつまで、いれるんですか』  もう、止める術がわからない。出してしまわないと溢れてしまいそうだ。いや、きっともう溢れている。  のぼせた思考回路からは、まともな言葉が出てこない。 『あ、の』    顔を上げる。 『あの!』  あ、近い。  優しい、柔らかい瞳が、こちらを見ている。  ずっと、初めて会ったときから、変わらない。 『っ』  目を閉じ、えいとばかりにスーウェンさんの唇に触れた。ガチ、歯と歯がぶつかる。  失敗した。大失敗したけど、ああでももうどうにでもなれ。  下を向き、声を振り絞る。 『朝まで、いてくれませんか。一緒に』   まだ、帰らないでほしい。今度なんていつになるのかもわからない約束は怖い。その前に、少しでも、自信が欲しかった。  スーウェンさんが確かに僕を好きだったっていう証拠。 『ノゾミ』 『きょ、今日、だけ』  そうしたらまた、頑張れる気がするから。大丈夫だって思える気がするから。 『柔らかい胸、ないし、身体、固いし、こういうこと、初めてで、うまくできるかわからないけど、けど、ぼ、僕、は』  手が震える。顔が熱い。 『僕は、スーウェンさんと、』 『ノゾミ』  呼ぶ声と同時に顎を掬われた。  唇に柔らかいものが静かに触れる。下手くそだった僕のキスとは大違いだ。熱い、熱い、熱い。触れたところ全部が熱い。 『――そんな真似して、もう知らないよ』  スーウェンさんはそう言って、深い深いキスを僕にくれた。

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