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第43話(サカン)
43(サカン)
「サエ様! お待ち下さい!」
混乱している。つい先ほどの、兄だという少年との会話が理解できない。「お兄ちゃんはあっちの世界に帰って」? 聞き間違いでなければそう言った。
サカンはローブの裾を引きずりながら、サエを追う。
さすがに背丈に差がある。すぐに追いつき、細い手首を捕ることができた。
「は、話が違います。帰ると、向こうの世界に帰ると言ったじゃないですか!」
だからこそ、調印に反対するような真似も、兄に会わせろなどという要求も飲んできたのだ。
「私は、弱い。召喚に使った力の分を差し引いても、あなたには遠く及ばない。けれど、」
元より体力のないサカンは、肩で息をしながら、それでもサエの手を離そうとはしなかった。サエは、何も言わない。兄の前で見せた笑みも、あの饒舌さもない。目線すら合わそうとしない。それが余計に焦りを煽る。
「全てを投げ出せば、あなたを一時的に拘束することくらいは」
「一時的に、でしょ」
しゃべった。顔は俯いたままだ。そのように促したのはこちらの方なのに驚きを覚える。それくらい、サエは寡黙な少年だった、はずだ。
言う通り、一時的な効果だ。実際はそれすらできるか怪しい。けれど、サカンの主であるアーヴァーから期待されている役目でもある。万が一、サエが暴走した際のストッパーとしての役目だ。
「い、一時的にでも、そうすれば、あとはアーヴァー様に任せられます。あまり、私を舐めないで頂きたい」
握っていた手が、小さく震えたのを感じた。
それから小さく、「帰るよ」とだけ聞き取れた。手を離す。ただの口約束でしかなく、圧倒的にこちらの方が不利だ。それでも今は、その言葉を信じるしかない。
荒い呼吸を整えるため、大きく息を吸う。
「明日の夜には舞台が整います。これ以上のわがままはやめて下さいね」
「わかってる」
「我々は勝ちました。貴方には感謝をしています。けれど、それと同時に怖い存在なのです。わかってくれますね」
サエは黙って頷いた。
「アーヴァー様もそうお望みです」
救世主の力は絶大だった。サエは、アーヴァーに付き従い、言われるがままに力を振るった。言葉が少なく、表情もうつろで何を考えているか全くわからない。けれど、それでよかった。
だが、今は違う。
そう、怖い。
怖いのだ。
「わかってるってば!」
これだ。ここに来て、サエの様子がおかしい。こんな大声を上げることなど今までなかった。
「ちょっと、をからかってやろうと思っただけ。それだけだから。わかってるから」
全てが終われば向こうに送り返す。それは、前々からの約束で、特に異論はなかったはずだ。
サエは、再び歩き出す。サカンもその後を追った。
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