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第45話

 ・  ・  ・ 「熱が高いわね」  ひんやりした感覚に目を開ける。先生の掌が、左右から首を挟んでいた。気持ちが良い。また、目蓋が重くなってくる。 「おうちの人に連絡しましょう。今日はもう帰りなさい。ええと、6年1組ね。担任の先生にも伝えておくから」 「あ、あの」  ベッドから身体を起こす。  それだけの動作なのに、節々が痛む。胸のあたりが痛んで息が苦しい。「どうしたの?」、先生は微笑みを浮かべ首を傾げた。  失敗だった。  机に俯せていたところを、クラスメイトに見つかり、騒がれた。抵抗する程の余力もなくて、言われるがままに保健室まで来てしまった。   「1人で帰れます。今日、お父さんもお母さんも仕事でいないんです」 「けど」 「大丈夫ですから」  床に飛び降り、跳ねてみせる。着地の度に振動が頭に大きく響いた。それでも笑ってみせた。 「たまに熱上がることあるんです。慣れているので大丈夫です」 「望くん」 「ありがとうございました! 失礼します!」  深く頭を下げて、鞄を背負う。なおも呼ぶ声を無視して、廊下を全力疾走した。  校舎の外、校門をくぐってからようやく足を止めた。座りたい。けど、座ってしまえばもう立てないような気がする。塀を支えに歩く。  熱いのか寒いのかもはやわからなくなっていた。家が遠い。  必死で足を動かす。気が重い。よりによって今日、こんな体調にならなくてもいいのにと、自分で自分を恨めしく思った。  玄関を開けた途端、電話が鳴った。 「はい」  母親の電話に出る声に、びくりと身体が震える。慌てて2階に駆け上った。咳がこみ上げる。両手で口を押さえ、堪えた。   「ああ、今帰ってきたみたいです。わざわざご連絡ありがとうございます。ええ、きっと、私に気を遣ったんでしょうね。ええ、本当に優しい子です。はい、はい、ありがとうございました」  ドアを閉める。  学校からの、電話のようだった。 『優しい子』  優しい子、今、母さんはそう言った。多分だけど、僕のことをそう言ってくれた。よかった。これで『正解』だったんだ。  気を抜いた途端に、咳き込む。息を吸う暇もないくらいにこみ上げてくる。  階段を登ってくる足音が聞こえる。  心臓が高鳴る。もしかしたら、もしかしたら。  コツ、今背もたれにしているドアが、叩かれた。ノック。もう頭がパンクしそうなくらいに興奮した。  母さんが、僕の部屋に。 「うるさい」  吸い込んだ息は、それ以上吐き出せなかった。だって、吐き出したら咳になる。うるさいって、言われる。  また口を押さえ、今度は小走りにベッドにダイブする。枕に顔を押しつけ、咳を繰り返した。  足音が遠ざかっていく。ノックの後、開けられたのは隣の、小枝のいる部屋だった。 「小枝、大丈夫?」  薄い壁一枚隔てて、母さんの声はよく聞こえてきた。   「お粥、少しでもいいから食べなさい。お父さんもお母さんも」  布団を頭から被り、耳をふさぐ。 「小枝のこと、心配しているのよ」  耳鳴りがうるさい。それなのに、その言葉はしっかりと入り込んできた。  考えたくないことが次々と浮かんでくる。  『間違え』た。『間違え』たんだ。  迷惑だったんだ。小枝も具合悪いのに、僕まで家に帰ってきてしまって。面倒だって思われたんだ。うるさい、うるさいって、思われた。そう言われた。  ダメだなあ。  どうしてこうなんだろう。  歪な、僕が歪にさせてしまっている家族の形が申し訳ない。  小枝のようになりたい。小枝のように振る舞えたら、きっと、父さんも母さんも僕を嫌わない。  僕は、小枝にはなれない。  僕に、力はない。  僕は、救世主じゃないから。  僕が、小枝でないから。   「ひ、っ」  息が詰まり、目を覚ます。間抜けだ。呼吸を忘れるってどういうことだよ。前屈みになり咳き込む。   『うるさい』  慌てて、掌で口をふさいだ。  咳が収まってから、周囲を見回す。あるのは、今寝ているベッド、それからその傍に置かれたスツール、扉がある側の壁には寄り添うようにしてチェストとドレッサーがある。それだけだ。広いだけに殺風景に見える。  夢見た城内だ。それなのに、気分は晴れない。  ベッド側に窓があった、はめ殺しのようで開けることはできない。ただ、外は見える。  空が赤い。もう陽が落ちようとしていた。どれくらいの間、寝ていたのだろう。  城から伸びる長い階段の先、丸い空間がある。あの、噴水のある場所だろう。リゲラの赤い屋根は見えない。他の建物に隠れてしまっているのかもしれない。  ミラさん、エリアさん、どうしているだろう。  僕を雇ってくれた、受け入れてくれた初めての場所、もう僕のことを知っているだろう。優しい人達。怒っているだろうな。迷惑をかけただけだったな。  もう会ってはくれないだろうな。  楽しかった。  初めて人から「ありがとう」なんて言って貰えて、笑いかけてもらえて、自分でも少しは役に立てるのかななんて自惚れて。  そんな日がずっと続けばいいなって、他のことから目をつむっていた。  それがいけなかったんだ。罰が当たったんだ。  不意にノックが鳴った。応じる暇もなく、ドアが開く。  ヒョコと顔出したのは小枝だった。後ろにはサカンさんも付き添っている。 「お兄ちゃん」

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