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第48話
僕の隣に、華奢な身体が並ぶ。
にこにこと笑んではいるが、視線は僕の方にはない。じっと、上を見ている。
「少し遊んだだけなんだよ。お兄ちゃんとそこのスーウェンがあまりにも仲が良いからさ。からかっただけなんだ」
両手を広げ、そう言い訳をするように話す。そして、一段上にいるアーヴァー王に優雅に一礼をした。
「どうぞ、王様。僕を、あっちの世界に戻してよ」
戻る? 小枝が?
状況が飲み込めず呆然とする僕の方へ、小枝が振り向いた。
「お兄ちゃん」
『お兄ちゃん』
ふと思い出す。
幼い声が、僕を呼ぶ。そうだ。随分前、まだ小学生だった頃、2人して体調を崩したあの日、小枝が僕の部屋を訪れたことがあった。
僕はもう、『間違え』てしまったことが情けなくて、自分自身が残念で、ベッドから動けないままだった。
けれど、その声に顔をあげた。
小枝の額には、冷却シートが張ってあるのが見えて、それがまた悲しかった。小さく咳き込むその姿が、きちんと看病を受けている様子が、うらやましかった。
『お兄ちゃん、僕ね、』
うらやましくて、それから、怖かった。
小枝と話すことで、また自分がミスをして、余計に両親に嫌われるのが怖かった。
だから、そのまま布団を頭から被ってしまった。
小枝がいつ部屋から出ていったのかわからない。すぐに寝入ってしまったからだ。
小枝は、あの時、何を言おうとしていたのだろう。
「お兄ちゃん」
我に返る。
小枝は、俯き、震えていた。
今度こそ。
スーウェンさんから離れ、ゆっくり、手を伸ばす。
「いいこね」と母さんに頭を撫でられていたときの小枝の顔を、僕は知らない。
「僕も、こっちに来たかったよ。けど、救世主なんかになりたかったわけじゃないよ。お、お兄ちゃんと、こういう話をしたかったわけでも、ない、よ」
『弟』は、もしかして。
手は、今度こそ小枝に届いた。振り払われないかと、緊張する。けれど、小枝は黙って身体を預けてきた。
「ごめん、なさい。僕が、全部悪いって、知ってる」
腕の中で、「戻りたくない」、「怖い」、そう聞こえてくる。
僕は知らない。
小枝のことを知らない。
小枝は、僕と何を話したかったのだろう。
僕をこの世界で見つけたとき、何を思ったのだろう。
満面の笑みで、僕に飛びつき、「お兄ちゃん」と言ったとき、何を期待していたのだろう。
「小枝」
低い声が部屋に響く。
アーヴァー様だった。段を降り、円の縁から中へ1歩1歩近づいてくる。
「戻りたいんじゃないのか」
「も、戻る。戻るよ。約束、だから」
「誰とそんな約束を」
小枝は、僕にしがみついたまま王様の方を見ようとしない。小さな声で「サカンと」と呟くように言った。
「――困ってるって、聞いた。リントスが勝って、僕の力、邪魔になってたって。もういらないって。戻って、ほしいって。戻らないと、お兄ちゃんにも会わせないって、」
アーヴァー様は、サカンさんの方をひと睨みした後、小枝の傍に跪いた。
長く深い溜息を吐く。
「そんなことはない」
はっきり、そう告げた。
「儀式は取りやめだ」
「そんな、危険です。王、」
「黙れ!」
狼狽え、降りてこようとしたサカンさんの足が止まる。
小枝までもが、その一喝に身体を振るわせた。
静まりかえった場に、同じ人物からとは思えない程、落ち着いた声音が紡がれる。
「小枝、お前は我が国の救世主で、恩人だ。邪魔などと思うわけがないだろう」
小枝は、もう目から落ちる大粒の涙を堪えてなどいなかった。手で拭おうともしない。
ただ黙って僕の胸の中で頷いた。
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