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明家との出会い

 牧山一秀という青年は、とても雰囲気のいい青年だ。  存在感はあるのに、決して邪魔をしない。動作や間合い、話し方が絶妙なんだろう。  そんな彼が作り出すこのバーもまた、雰囲気がいい。  カウンターに九席、テーブルが二席。間接照明の落ち着いた店内は、ゆったりと広めにスペースが取られている。  その中心でシェーカーを振る牧山があって、この店は完成されている。  ぼんやりと絶望の淵に漂う俺の前に、明るい色調のグラスが置かれる。  既に四杯、限界もくる。 「大丈夫ですか、鳥潟様?」 「んっ、平気。これ…頼んだかな?」  既にその記憶すらもない。  俺の質問に、牧山はゆっくりと首を横に振る。 「俺からです。アルコールは入っておりませんので」  柔らかく笑って言った牧山を、俺はどんな目で、どんな顔で見ているのだろう。  意気込んで来たものの、牧山の雰囲気に折られた。俺は結局何の恨み言も言わないまま、一人である事に驚く牧山を無視していつもの席につき、いつもは三時間程かけて飲む量を二時間で飲んでいる。途中心配されたが、押し切った。  サービスだというノンアルコールカクテルに口をつけて、そうするうちに少し醒めてきて、また自己嫌悪に陥る。  見て、話して、牧山はいい奴だと伝わる。正直、加賀地が惹かれた理由は分かる気がする。見た目に綺麗だし、雰囲気も癒される。疲れていたら、こんな人に癒されたいと願うだろう。 「ギブソン…」 「あの、もうやめておいた方が」 「大丈夫だから」  俺の強い口調に、牧山は困った顔をしている。でも、これ以上酒を出してくれる様子もない。意外と、頑固なのかもしれない。  何をやってるんだろうか。 「…いや、やっぱいいよ。お会計お願い」  いい大人が、失恋未満のくせに一人で落ち込んで、自暴自棄になって、何の罪もない幸せな他人に八つ当たりなんて、恥ずかしいだろ。  俺は立ち上がって、立ち上がろうとして、出来なかった。  立とうとした瞬間、足が地面についていないような感覚があって、世界が歪んだ。 「鳥潟様!」  スツールから落ちそうになった俺を、牧山が慌てて支えて座りなおさせてくれる。俺はそこから、一歩も動けなかった。ただカウンターに突っ伏して、吐き気に耐えるばかりだ。  正直、牧山は焦っていただろう。誰かに助けを求めようとしていたのかもしれない。ポケットから携帯を出すのが見えて、俺は焦った。彼が連絡を取ろうとする相手は、想像できた。  俺が焦ってそれを止めようと体を起こした、その時だ。涼やかなドアベルの音が店内に響いて、一人の男が入ってきた。 「一秀、久しぶり! って…どした?」 「明家さん!」  途端、牧山の雰囲気が軽くなったのが伝わった。『助かった』という感じだろう。  入ってきた男は、若干チャラそうな男だった。年は同じくらいに見える。それなりに身綺麗にしているが、空気が軽い。 「そのお客さん、潰れちゃったの?」 「少し傍にいてください。俺はタクシー呼びますから」  そう言って、慌ただしくカウンターの中に入っていった牧山をぼんやり見送った後、俺は隣にきた男を睨み付けた。 「ありゃ、なんかお気に召さない感じかな?」  虫の居所が悪いんだ。  男は一度俺を上から下まで見て、ニッと笑った。そして何を思ったか、俺の脇を抱えて立たせた。  途端、世界が歪んで我慢していた吐き気が限界を超えそうになる。慌てた俺はパニックになりそうだった。酒の席で失敗なんてしたことがない。これが今までの人生で初めての醜態だ。  だが男は素早く、傍のトイレに俺を連れて行って、背中をさする。屈辱だが、どうにも止めようがなかった。  そうしてしばらく時間が経って、俺はどうにか立ち上がる事に成功した。正直具合は最悪だが、よろけながらでも歩ける事に安心もした。 「ほれ、まずはおしぼりな」  トイレのドアの所で、さっきの男が待ち構えていた。手には適度に冷ましてあるおしぼりがある。それで手や口元を拭うと、少しだけさっぱりとした。 「水も少し飲んだら。楽になるから」 「いい…」 「人の忠告ってのは、聞いとくもんだぞ。少なくとも俺は、お前よりもこういう失敗多いからな。楽になる方法も、ちゃんと知ってる」  強引に出された水を口に含み、少し口をゆすぐ。口の中もさっぱりしたところで、改めて一口。とても、気持ちがよかった。 「タクシーは乗れないだろ。多分、また具合悪くなるぞ。少し夜風に当たろうぜ。今日は梅雨の晴れ間で、いい風吹いてるからな」  男はまた、俺の脇を抱えて強引に連れ出す。抵抗は…ほぼ無意味だった。

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