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ブルーラグーン(3)

 食事を終えたら、しっかりデザートまで出てきた。ちょこんと乗ったストロベリームースは口当たりがよくて、冷たくて美味しかった。 「ご馳走様」 「いえいえ。んじゃ、今度はこっちな」  まだ何かあるのか。俺の戸惑いは更に大きくなるばかりだ。不安になってくる。こいつが何をしようとしているのか、俺は理解ができない。  …違う、何かの予感は感じている。だからこその不安じゃないのか? 俺は、今の形が変わりそうな予感に、不安を感じているんじゃないのか?  こじんまりとしたバーカウンターのスツールに腰を下ろした俺の前で、明家はグラスに入れた氷をステアする。  ステアする指の綺麗さを、初めて知ったかもしれない。それだけじゃない、明家の所作はしなやかで綺麗だと、何度か思った事はある。  スッと、オレンジ色のカクテルが出される。俺が何度か頼んだものを、こいつは覚えていたのだろうか。 「スクリュードライバーです」  静かな声でそう告げる。俺はそんな明家の顔を、茫然と見ていた。  人好きのする、整った顔をしている。性格の明るさも、表情の多さもこいつの魅力だ。  俺は、出されたカクテルを飲み込む。ドライに仕上げたそれは、俺の好みを知っているっぽかった。そんなのは、牧山くらいしか把握していないはずだ。  ハッとして、俺は明家を見る。あいつはカウンターの中で、缶ビール片手に俺を見ている。そんな所は明家っぽくて、俺は何故か笑えた。  一杯目を、しっかり時間をかけて飲んだ。果物やナッツなんかも摘まみながら。  それでも、交わされる会話はいつもより少なかった。どちらとも、なんだか話しかけずらい空気があった。 「コンフェッションです」  二杯目に口をつける。明家はそれを一つずつ、確かめている。 「…なに、考えてるんだ?」 「それ飲んだら、教えてやるよ」  それ以上は何も言わない。  そういう意思を感じて、俺はそれに口を付けた。 「じゃ、これがラストな」  そう言って出されたのは、綺麗な青いカクテルだった。 「ブルーラグーンです」  俺の前に出すと、明家もカウンターを出る。俺の隣に腰を下ろし、俺の目を真っ直ぐに見る。見たことのない明家の顔に、俺はずっとドキドキしていた。 「花言葉ってのがあるように、酒にも言葉があるって、知ってるか?」 「いや」  初めて聞く話だ。飲みたいものを飲むものだから、そんな細かな事はしらない。 「まぁ、気にするのは送る側だからな」 「…今の三杯にも、あるのか?」  俺の心臓の音は、妙に煩く俺を駆り立てる。聞くことを躊躇うくせに、聞かなければいけないと思う。その意味を、俺はどこかで感じているのに、それをどう受け止めていいのか、知らないふりをしている。  明家はとても静かな目で俺を見て、口を開いた。 「スクリュードライバーは、貴方に心を奪われた」  ドクンと、一つ強く心臓が鳴る。酒を飲んでいるのに、喉が渇く。傍の酒に手を伸ばそうとすると、明家は俺の手を掴んでそれを止めた。 「コンフェッションは、告白だ」 「告白…」  なんの。とは、もう分かっているんじゃないのか? 「そしてブルーラグーンは、誠実な愛。俺の伝えようとしている事は、鈍いあんたにも伝わったか、佑?」 「!」  耳まで熱くなっていく。俺は、何も考えられなくなっていた。  明家の気持ちを、ずっと今日まで知らずにいた。冷静に考えてみれば、何かの違和感を感じただろうに、気づかないふりをしていたに違いない。  では、俺はどうなんだ?  こいつとの時間は心地よかった。踏み込まれても拒まなかった。誘われるのが楽しくて、待っていた。次の約束が嬉しかったんじゃないのか? 「あんたが鈍いのは、知ってたけどさ。流石に少し焦った」  俺は今、大いに焦っている。それは、明家の気持ちを知ったからだけじゃない。俺の気持ちまで、形になろうとしているからだ。 「言っとくけど、俺はその気のない相手に二か月もしつこくしない」  だろうな、俺でもしない。好意を持っている相手だって、二か月ずっとなんて、冷静に考えれば少し異常だろ。 「まして、仕事終わりにわざわざ誘ったりはしない」  疲れてるのが、見える日もあった。でも、そんなのも楽しくて誘われた。 「俺は、二人きりでドライブなんて普通はしない。友達大勢のが、楽しいからな」  それは前も言っていた。大勢で遊ぶのが好きだと。  では、二人きりのドライブの、その意味は、これだったのか? 「俺はこの家に、友人は招かない」  招かれている俺は、友人ではない。 「俺は、友人に雑多飯は作っても、こういう手の込んだ料理は作った事がない。今までの恋人にも、作った事がない」  それは、明らかな“特別”という言葉だ。  俺は俯いた。明家の顔をまともに見れない。心臓が口から出そうなほど、ドキドキしている。もう、何も言わなくてもこいつの気持ちは分かる。そして多分、俺の気持ちも分かっている。  明家の気配が、近くなった。耳元に、唇が触れそうな距離。そこにダメ押しのように、囁かれる。 「俺は、金銭発生しないのに酒は作らない」  この酒は、こいつの最後の勝負。俺が今ここで出す答で、俺とこいつとの関係は、大きく変わる。 「そこんとこ踏まえて、答えをどうぞ」  明家の手が離れた。俺の答えは…決まっているだろう。

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