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パーフェクト・ワールド・ハルⅡ-7

「いや、そうじゃなくて。もっと上手く成瀬さん使ったら良いのにと思って。相談してみたら?」 「上手く使え、って」 「言い方が悪かったなら謝るけど。あの人、なんだかんだ言って、気に入ってる人間の為に権力行使することは嫌がらないから」  それは幼馴染みのおまえで、あの人と同じアルファのおまえだから言える台詞だろう。前半はともかくとして後半を口に出来るわけもない。だから、行人はただ不服を表すようにして眉を寄せた。 「絶対、言うなよ。成瀬さんに」 「そんなに意地張らなくても」 「俺がどうにかするから、だから、余計なこと、あの人に言うなよ」  はっきりとした策があるわけでもないけれど。この程度の問題を自分で解決できなければ、ここで「ベータ」として生きていけない。  意地を張らなくともと言われても、張らないわけにはいかない行人の意地だ。 「俺の問題だから。俺がケリ、付ける」  言い切った行人に、高藤は仕方がないとでも言いたげに嘆息した。 「本当、おまえって」 「なんだよ」  艶やかな黒髪を指先で引っ張って、高藤が苦笑を零した。困ったときや照れたとき。反応に困ったときにする癖だ。 「なんか、その妙に頑ななところ、昔の成瀬さんに似てるよ。いくら憧れてるからって、どうせ真似するならもっと有意義なところ、真似したら良いのに」 「有意義……」 「次の中間考査、学年一位取るとか」 「無理に決まってるだろ」 「冗談だって。榛名は榛名のやれるところ伸ばしたら良いよ。同じ人間なんていないんだから」  勢い良く嚙みついた行人になぜか安心したように笑って、高藤が手にしていた紙コップを空にした。 「まぁ、きつくなったら言えよ。力になれるところはなるから」 「……おう」 「おまえはそれ飲み切って、落ち着いてから戻れよ、教室。また怖い顔って言われるぞ」 「うるさい、おまえは俺の保護者か」  自分で言っておいてなんだが、ひどく落ち着きが悪い。そんなもの、求めていないはずで、あってはならないものだ。 「同室者でフロア長ではあるな」  何でもないことのよう応えたかと思うと、高藤は「じゃあな」とそのまま校舎の方へと戻って行ってしまった。その背を見送って、行人はようやく手にしたままだった紙コップに口を付けた。甘いそれがじんわりと口中に広がっていく。  水城春弥がオメガであると告白した入学式以来、この学園は浮足立っている。  アルファと優秀なベータしか在籍していない。そう信じられていた学園に投じられた石。あの水城春弥がオメガだと言うのなら。オメガが主席で入学できると言うのなら。オメガ性の者が他に居てもおかしくないのではないか。  まるで異端を探すように。密やかに、囲うように。根拠もない憶測が面白おかしく学内に蔓延し始めていた。  榛名行人はオメガなのではないか。そう疑われていることを、行人は知っている。何の根拠もない、興味本位が先行した、ただの噂。  ――けれど。 「あいつ、どれだけ砂糖追加したんだよ、これ」  慣れない甘さに舌先が痺れてしまいそうで、行人はそっと目を閉じた。

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