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パーフェクト・ワールド・ハルⅢ-1

[3] 「あ」  食堂を出て、二階へと繋がる最後の一段に足をかけたところで、行人は立ち止まった。ポケットを弄ってみるが、目当てのものは出てこない。 「なに。どうしたの? また何か忘れた?」 「またって言うな」 「でも、ないんでしょ? 鍵?」  行人に付き合って立ち止まった高藤が、ずばり無いものを的中させた。四年目になる付き合い故と言うよりかは、高藤の面倒見の良い性格故なのだろう。 「たぶん、食堂」  諦めて方向転換した行人に高藤が声をかけた。 「着いて行こうか」 「おまえは持ってきてるだろ? 先にそれで戻ってろよ」  部屋の鍵は一人一本配備されている。自分の手元に無くとも部屋には入れるが、紛失となれば始末書を寮長に提出しなければならない。 「すぐ戻るから」  来たばかりの階段を下りて食堂に向かう。開いているドアからさっと全体を見渡して、とある人物の姿がないことに安堵して中に入ろうとした瞬間、である。 「おお、榛名」  聞きたくないと思っていた声の登場に、行人は大仰に肩を跳ねさせてしまった。 「茅野、先輩」  嫌々振り返った先で、会いたくなかった当人が心外そうに眉を上げた。 「そんなに驚かなくても良いだろう。まるで俺が痴漢か何かみたいじゃないか」 「いや、痴漢とは思ってはないですけど」 「そうか。なら良い。それより榛名、ちょうど良かった。この間の話だがな」 「この間」 「覚えているだろう? ミスコンだ。どうだ? 考えてくれたか?」  覚えている。それはばっちり覚えている。覚えているから、会いたくなかったのだ。見えざる圧力から逃れるように、行人は視線を彷徨わせた。食堂に向かう寮生、そして食堂内で食事中の寮生。寮長の話す内容に興味津々とばかりに耳を澄ませている顔ばかりだ。  ――くそ、どいつもこいつも他人事だと思いやがって。  内心で毒づいて、行人は精一杯の申し訳なさそうな顔を取り繕った。

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