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パーフェクト・ワールド・ハルⅣ-2

「すごいね」  答えづらいそれに、皓太は黙ってお茶に口を付けた。先ほど茅野が号外とともに置いて行ったものである。あと一時間で終わらせろよ、との発破も掛けられたが。 「うん、なんと言うか、すごいね、これ。ハルちゃんとは全く別次元だけど。華のある人だとは知ってたけど、ここまでハマるとは思ってなかったかも」  いくら顔が綺麗と言っても、三年生だし。普段の会長のイメージが強いからどうかなって思ってたけど。確かにインパクトは大だね、と。しげしげと紙面に視線を落としていた荻原が顔を上げた。 「と言うか、どうしたの。この衣装。基本、お金かけちゃ駄目なんだよね、確か。ウチでそれやったら際限ないし」  陵学園は全国有数のお坊ちゃま校である。家の方針に違いはあれど、自由にお金を都合出来てしまう生徒も多い。そのため行き過ぎないようにとの配慮で、制約が課されていたはずなのだが。荻原が指したそれは、いかにも高価そうだった。 「茅野さんが実家の呉服屋から借りたんだってさ。写真は柏木先輩の二番目のお兄さんだったかな、が、プロのカメラマンらしくて。スタジオに遊びに行った際に撮ってもらっただけだって豪語してたよ」  だから、一切、金はかかっていないし、違反もしていない、と。寮長殿は大変ご満悦だった。その隣で副寮長は頭の痛そうな顔をしていたが。  苦笑いで応じた皓太に、「なるほどねぇ」と荻原が新聞に視線を戻した。 「さすが茅野先輩。初志貫徹と言うか、本気で勝ちを狙いに行ってるよね、これ。榛名ちゃんでも可愛かったとは思うけど。その場合も、これで攻めるつもりだったのかな。……いや、でも、これは会長だからこそのハマりぶりなのかな。女優魂?」 「男だけどな」 「まぁ、そうだけど。女優の血? こうやって見ると、やっぱり似てるね」  そう評されて当人が喜ぶかは知らないが。曖昧に首を振るに留めた皓太から、荻原の目が榛名に向いた。茅野が新聞を持ち込んで以来、気配を押し隠して黙々と作業を続行していた薄い肩が僅かに揺れる。 「ねー、もし榛名ちゃんだったら、どんな仮装するつもりだったとか聞いた?」 「……聞いてない」  ダブルはるちゃんってなんだよ、信じられねぇと。零していた同室者のぼやきは覚えていたが、懸命にも皓太は口にしなかった。

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