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パーフェクト・ワールド・ハルⅤ-8

「何やってたんだよ、高藤。遅い」  しばらくして戻ってきた成瀬にサインをもらって、寮の会議室のドアを開けたのは、出て行った時から小一時間経ってからだった。だから、榛名の小言は正当と言えば正当だ。荻原は「会長いなかったの?」とやんわりと榛名を諫めている。  その光景に、ふ、と肩から力が抜けた。この二週間ほどの間でいつのまにか馴染んでしまった空気だ。  ――なんで、こんな忙しい空間に戻ってきただけなのに、落ち着くかな。 「悪い、遅くなって」  自分自身に対する疑念を呑み込んで定位置に腰を下ろした皓太を、訝しげに見つめていた榛名が口を開いた。 「どうかしたのか?」 「いや、何も。強いて言うなら、おまえの顔は見てると気が抜けるなと」 「喧嘩売ってんのか、てめぇ」 「売ってない、売ってない。褒めてんの」  それは本当に。と言うか、なんで不機嫌そうな顔を見てほっとするのかは、皓太にも分からなかったが。四年目を迎える同室生活で、疑似家族のような感慨を得ているとするのが近しいような気もした。 「ちょっと、俺もいるんだから、いちゃつかないでよ」 「誰と誰がいちゃついてるって? おぞましいこと言うな」  言うに事欠いて、おぞましいと来たか。ある意味では榛名らしいが。苦笑一つで、皓太は荻原に向き直った。 「そう言えば、茅野さんは? 今日はもう戻ってこないって?」 「うん。本会議の方で大変みたい。後で柏木先輩が様子を見に来るから何かあれば柏木先輩に訊けってさ」  了解、と頷いて、皓太は山積みの書類の束を見遣った。茅野たち三年生は、各寮との調整やみささぎ祭全体の運営準備に忙殺され、二年生はその三年生の補佐と、メインイベントのミスみささぎコンテストの準備に追われている。よって、寮で上がってくる事務処理や、一年生の寮生が中心になって行うポスターや看板づくりの監督は、皓太たち一年生の寮生委員の仕事となる。学舎から寮に戻ってきた折に、寮の前庭で同期生たちはミニ運動会で飾る看板づくりに勤しんでいた。事務処理もまだまだあるが、こちらにばかりかまけてもおれない。

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