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パーフェクト・ワールド・ハルⅤ-10
口を挟むでもなくペンを走らせている榛名の横顔には、隠しきれない険が浮かんでいる。爆発する前にとばかりに口早に言い切って、皓太は会議室のドアを閉めた。荻原が榛名に喋りかけて邪険にされている声が漏れ聞こえてくる。それを背に皓太は階下に向かって歩き出した。
そんなんだから、――。
荻原の台詞の続きを、皓太は分かっていた。そんなことばかりをしているから、榛名と付き合っていると言う噂が、もう何年も実しやかに囁かれているのだろう、と。
あぁ、もう大変だよな、とやけくそ気味に皓太は思った。俺と付き合ってると言われていたかと思ったら、今度は祥くんとなんだってさ。良かったな、両天秤で。いや、榛名はそうは思わないだろうけど。
そこまで思って、皓太は足を止めた。もう一階まで降りてきている。正面入り口からは、同期生たちの賑やかな声がはっきりと耳に届いた。新しくこの寮に配属された一年生が作業を通じて、親交を深めているのは明らかで。
――榛名は、こっちに参加させた方が良かったかもしれないな。
人嫌いと言うわけではないと思いたいのだが、榛名の他人と接する殻は厚いとは感じる。だから、誤解されるのかもしれない。いや、でも、それよりも。
「なんで、この学園は、ちょっと可愛い顏してたら、アルファの庇護がないと生きていけないと勝手に思うんだよ」
アルファと一緒にいるだけで、「付き合っている」だ、「守られている」だ。そう評することが、どれほど榛名を馬鹿にしているか分からないのだろうか。うっかりしているところもある。放っておけないと思うところもある。けれど、当たり前の感覚として、榛名はきちんと一人で生きようとしている。なのに、それを、アルファの勝手な偏見で認めないのは。行きつきそうになった感情に蓋をして、皓太はまた歩き出した。
だから、俺は、水城春弥が苦手なのかもしれない。守られるべき存在だと暗に主張している甘えが、我慢できないのかもしれない。オメガとベータの違いだと言われれば、返す言葉はないのだけれど、――それでも。なんだか榛名が不器用ながら踏ん張ってきた三年間を無碍にされたような感慨を抱いてしまったのだ。けれど、これも、アルファである自分の傲慢さなのかもしれない。そう思うと、また良く分からなくなってきて、皓太は無意識に頭を振った。
アルファだとか、ベータだとか、オメガだとか。そんな性に振り回されない世界であれば良いのに、と思った。中等部にいたころは、去年までは、ここまであからさまではなかったはずだ。この学園にいる間は、これからもそうであれる。そう思っていた日々が遠い昔のように思えた。
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