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パーフェクト・ワールド・ハルⅥ-2

 食堂には同級生が数人集まっていた。その輪にいた荻原が、入って来た行人を見止めて、人懐こい笑顔を浮かべる。かけられそうになった声を、手を上げることで挨拶と拒否に変え、自販機の前に行人は直行した。珈琲、紅茶、カフェオレ。いつも通り無糖の珈琲を選ぼうとした指先が直前で揺れる。たまには甘いものでも飲んで。お節介な声が不意に思い起こされた所為だ。  ――苛々していて、悪かったな。余裕がなくて。  高藤がそれだけの意味で言ったのではないとも分かってはいたが。結局、行人の指先が選んだのはカフェオレだった。そのお節介にも持って帰ってやろうかと考えたが、あの調子では、まだ起きていないだろう。  ピピ、と短い電子音で出来上がった紙コップを取り出して、そのまま食堂を出ようとした行人を呼び止めたのは荻原だった。 「榛名ちゃん」  声だけでは止まらないと思ったのか、集団から一人離れて、行人を掴まえに来る。さすがに無視するわけにもいかなくなって、行人は入口に向かう途中で足を止めた。呼び方は気に喰わないが、高藤の言う通り、言葉ほど軽い男でも、嫌な男でもないことは、さすがに分っていた。櫻寮に入寮してから、同室者の次に一番多く顔を合わせているのだ。

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