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パーフェクト・ワールド・ハルΦ-12

「なんか、甘い匂いがする」  不意に声が耳に届いたのは、懐かしいことを思い出していた折だった。 「たぶん、榛名ちゃんですよ。あの子、いつも甘い香水付けてるから」 「どうりで。確かにあっちからだわ。嫌な臭いでは全然ないけど」 「良く分かりますね。この火薬の匂いの中で」  驚きの混じった皓太の声に、風上だからな、と短く答えて、向原はゆっくりと足を中庭へと向けた。 「あ、向原」  近づいてきたのを見とめて、成瀬が顔を上げる。 「花火する? まだ選べるくらいあるらしいけど」 「しない」 「なんだ、向原。やっと出てきたと思ったらやる気のない。確かにねずみ花火の類は危険だからないけどな、それ以外なら揃っているぞ」 「誰が投げつけたいって言ったよ、おまえに」 「そもそもとして、なんで投げつけられないといけないんだ。ねずみ花火の楽しみ方はそれではないからな。と言うか、なんだ。おまえ、まだ俺に対して思うところでもあるわけか」  ちらちらとこちらを窺う小動物に、溜息を吐きかけて、止めた。「分かりやすく優しくしてやれ」と煩い手合いがもう一人いる。ある意味で、おまえよりずっと俺の方がそいつに対して優しいだろう。  甘やかしすぎだろう、どいつもこいつも。との本音も呑み込んで、「成瀬」と当初の目的を呼ぶ。 「上着」  羽織っていたそれを突き出すと、瞳が瞬いた。 「いらないけど」 「成瀬ー。おまえが今ここで不精して風邪でも引いてみろ、卒業するまで恨むからな」 「長ぇよ、分かった、分かった」  伸びてきた白い手が攫って、肩から羽織る。ふわり、と匂いが変わったような気がした。  おまえのそれって、マーキングのつもりなの。呆れた風に一度、昔、篠原に言われたことがある。そうやって、あいつの部屋にやたら入り浸っているのとか、あいつの服とおまえの服がよく入れ替わっているのとか。  意識していたつもりはなかったが、そうだったのかもしれないとは思った。相変わらず、野生の勘のようなものかもしれないが、良く見ている。  花のような、甘い香り。引き寄せられるのは、アルファとしての本能なのだろうか。この男の運命は、どこにいるのだろう。ずっと遠いところにいればいい。そうすれば、出逢うこともないだろうから。あるいは、ずっと近くにいればいい。そうすれば、出逢えなくさせてやれるから。  向原のつがいは幸せだろうな。いつか何の他意もなさそうに成瀬が言っていた言葉を思い出した。俺は、おまえに現れるかもしれない運命を握りつぶしたいと思っている。そんなことを知ろうともしないで、信頼していますと言わんばかりの顔で笑う。本当は、誰も信じてなどいないくせに。

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