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パーフェクト・ワールド・ハルⅦ-3
「そうなのか?」
「そうだけど。べつにどうと言うほどでもないでしょ。御覧の通り、進行も遅れてる有様だし」
相変わらずのきつい口調にも関わらず、視線を逸らした耳が赤い。だからプライドが高いだけで悪い子じゃないって言ったでしょ、と。耳打ちしてきた荻原に、四谷が眉を上げた。
「ちょっと、聞こえてるんだけど?」
「あー、ごめんね? だって折角、可愛いのに。ツンツンしてるだけだと思われたら勿体ないと思って。本当のことだし」
ツンデレを具現化したら、こうなるのではないかと言いたくなるテンプレートだ。自分に対してきついのも、嫌味ではなくツンデレのツンだと思えば、気が楽になるのかもしれない、と行人は思い付いた。それが真実かどうかはさておいて、ストレスを溜め込まず付き合う方法としては有りかも知れない。
「もう良いから! 荻原はとっとと戻りなよ。あんたも副フロア長なんだから、任せっぱなしじゃなくて働いてくれば?」
「そうだねー、お邪魔してごめんね。よっちゃんの大好きな高藤に負担掛けないように働いてくるから、榛名ちゃん苛めないでねー」
大きく手を振って去っていく荻原を苦々しく見送って、四谷が舌打ち交じりに吐き捨てた。「誰がするかっての。このクソ忙しい時に」
「と言う訳だから、榛名。この際、ゆっくりで良いから、とにかくはみ出さないように塗ってくれる? そこの一番右隅の区画のPって鉛筆で書いてあるところ。そこにこの色、塗っていって」
混ぜ合わせられた絵の具と筆とを渡されて、行人はぎこちなく頷いた。しゃがみ込んで恐る恐る筆に絵の具を含ませる。淡い桜色。
――やばい、緊張する。
一息吐いて、行人は慎重に筆を入れた。
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