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パーフェクト・ワールド・エンド13-1

[13]  恋をしてはいけないよ。もしきみがこのままアルファであり続けたいのならね。  ピルケースの残りを数えているうちに、舌打ちが漏れた。誰の目があるわけでもない、寮の自室だ。取り繕う気にもならなくて、乱雑に元に戻して携帯電話を手に取る。  本来であれば学期末まで持つはずだった薬だ。オーバードーズ気味の自覚はある。けれど。 「しかたねぇだろ、効かねぇんだから」  もはや慢性的になっている頭痛をやり過ごしながら、ぼやく。半分以上が己への言い訳だ。抑制剤との付き合いは長い。それこそ第二の性の特性が出るよりも早くから、――オメガとの診断が覆らないと母が悟ったときから、徹底的に薬で自身を管理してきた。その甲斐あってと言うべきなのか、今までボロが出たことはほぼなかった。規定量を超えて摂取するようなことをしなくとも。  ――こんなことを言うと、きみのお母さんには怒られると思うんだけどね。  苦笑としか言いようのない表情で、彼が言ったことを成瀬は覚えている。陵の寮に入る前の話だ。幼いころから診てもらっていたオメガの専門医。全寮制の学校で生活を送ることに最後まで難色を示していたのも彼だった。  ――そもそもとして、身体の出来上がっていないうちに、あまり多量の薬を飲むことは良いことではないんだよ。それでも「常用する」という選択をきみが取ることは分かっているけれどね。  当たり前の話に、成瀬はただ頷いた。飲まなくて済むならそれに越したことはない。そんなことは分かっている。けれど、自分はそれができないバースに生まれてしまったのだから、我慢するしかない。  それなのに、なぜか彼は困ったような笑みを崩さなかった。  ――薬で抑えることの他に、もう一つ重要だとされていることがあるという話は前にも少ししたよね。  それも聞いた話だった。だから頷く。分かり切ったことを何度も聞かされるのは面倒だったが、同情心からでも彼が医者として自分を心配してくれていることは理解していた。  ――自律神経が乱れていると、フェロモンバランスは崩れやすい。そういう意味では、きみのように強い心を持って平静を保っていることは、とても重要なことだ。  問題ないです、と成瀬は答えた。今更だと思った。こんなことを念押されなくても、自分は問題なくやれている。今までだってやれていた。場所が多少変わろうとも周囲が変わろうとも、自分がうまくやれないはずはない。そう信じていた。アルファになんて負けないと思っていたかった。あっさりと請け負った成瀬をじっと見つめたあとに、彼が言った。なんでもないことのように。  ――ところで、きみは恋をしたことがあるのかな。

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