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パーフェクト・ワールド・エンド13-2

「薬が欲しい?」  診療時間外に電話をかけたことを咎めるでもなく成瀬の話を聞き終えたあとで、彼は要望を繰り返した。居心地の悪さを覚えながらも、「はい」と応じる。いつもどおりの声で。  沈黙を挟んで、根負けしたような溜息が響いた。 「あのね、祥平くん。医師として当たり前の話をしたいんだけど、診療もせずに薬だけを渡すわけにはいかない」 「それは分かってます。ただ」 「きみがなかなか自由な時間が取れないということも僕は分かってる。だから、なにかあれば頼りなさいと言ったのも僕だ。この五年――もう六年か、そういったことがなかったから、安心していたんだけどね」  すみませんと相槌のようにして謝ると、彼が小さく笑った。 「やっぱり、最後まで何もなしに、は無理だったか」 「大丈夫です、問題は起きていません」 「問題がなければ、こんな電話を寄こしはしないだろう、きみは。……まぁ、僕は僕で勝手に責任を感じているだけだから、そこをきみがどうのこうのと思う必要はないわけだけど」  すみませんと繰り返せば、また電話の向こうで笑い声を立てる。本心で謝っているとは微塵も思っていないらしい。 「きみをアルファだと偽らせた行為が露見すれば、僕の首も飛ぶからね」 「だったら最初から、あの人の我儘なんて聞かなければ良かったでしょう」 「そうだね。いくら旧知の仲だとは言っても、危ない橋を渡りすぎたかな」  母がなにをどう頼んだのかは知らないが、自分の持つIDに表記されている第二の性はアルファになっている。つまり、実際がどうであろうが、戸籍上の自分はアルファなのだ。馬鹿馬鹿しいことに。 「と、きみの罪悪感を刺激するのはこのくらいにしておいて」 「……なんですか」 「そもそも、まだ手持ちの薬は十分に残っていないとおかしいはずなんだけど。どうだろう」  言い含めるように声が続く。 「それにね、僕がきみに一度に多量の薬を処方しているのはね、きみを信用していたからだよ」

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