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パーフェクト・ワールド・ハルⅨ-3
「あっ、榛名ちゃんかな」
荻原の明るい声を裏打ちするように、甘い香りが朝の風に乗って届いた。またこの匂いだ、と思った。どこに居ても分かる、独特のそれ。
「悪い、遅くなって」
微かに気まずそうな顔で現れた榛名を、「おはよう」とにこやかに荻原が迎え入れている。顔色は、とりあえず問題なさそうだ。
「身体大丈夫? 榛名ちゃん。寝れなかったの?」
「……まぁ、そんなとこ」
そして案の定だ。余計なことを言っただろうと言わんばかりに睨まれて、苦笑を噛む。
「見回りとかで休憩もないしさ、無理しないようにね」
「分かってる。――なんだよ?」
「いや、なんでも」
強いて言うなら、荻原に心配されれば、必要以上に突っかからないのだなと思っただけで。
「それより、ちゃんと聞いとけよ、注意事項」
ハンドマイク片手にお立ち台に上った茅野を視線で示せば、不承不承で榛名が前を向く。色素の薄い髪が太陽光に照らされて煌いた。
――触りたいだとか、特別に好かれたいだとか、そんな風に思ったことは、なかったはずなんだけどな。
いや、思わないようにしていただけなのかもしれない。あの夜から、ずっと。
朗々とした茅野の声がグラウンドに響く。お祭りにおあつらえ向きの晴天。みささぎ祭が始まる。やっとだ、とふと思った。やっと。――始まるのは、なんなのだろう。茅野の言うところの、現状を維持するための砦を補強する一石なのか、それとも壊すための一投なのか。
隣では、そんなことは何も知らない顔の榛名が真面目に茅野の話に聞き入っていた。
それにふっと少しだけ力が抜ける。それと同時に、妙な力が入ったことも自覚した。
現状の維持を榛名は望んでいるのだろうなとは、聞かずとも分かっていた。ある意味で、自分や茅野以上に。
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