142 / 1144
パーフェクト・ワールド・ゼロⅡ③
「ねぇ、ハルちゃん」
唇がこめかみに落ちて来る。くすぐったい顔を作って、水城は身を捩らせた。アルファが好きそうな風にふるまうことぐらい、造作もない。
「俺のつがいにならない?」
ほら、と高笑いをしたい気分になった。ほら、見てみなよ。主導権は僕だ。アルファじゃない、僕だ。オメガだからと言って、隠れなきゃいけない必要なんて更々ない。
「先輩に僕は相応しくない。先輩は卒業したら、もっといい人がいると思う。だから、僕は今だけでいいんだ」
だから、と水城は切ない声で続けた。
「そんなこと言わないで」
僕にふさわしいのは、あなたレベルのアルファじゃない。
男はより一層、強い力で抱きしめてきた。この単純さが水城は嫌いではない。役に立つはずだ。腐っても、アルファなのだから。
けれど、水城が欲しいのは、もっと上のアルファだ。アルファの上位種。そう称される人間が、この学園にはただ一人いる。水城はそれが欲しい。幸せなオメガであるために必要なのは、強いアルファだ。本当に一握りの彼らの前でなら、屈服しても良いとさえ思う。それは、オメガの本能だ。
――けれど。
「ねぇ、会長ってどんな人なの?」
寝物語の続きのように、水城はそっと語り掛けた。男が不服そうに眉を上げる。けれど、一瞬だ。水城が申し訳なさそうな顔を作れば、それで終わり。
「会長に、僕、嫌われてるんじゃないのかなって思うことが多くて。だから」
だから。消えてくれたらいいのに。あの人の隣から。オメガのくせに。アルファのような顔で立っている。
一目見たときから、大嫌いだった。
そんな棘を隠して、水城は瞳を潤ませた。
「だって、あの人はオメガが嫌いなんでしょう?」
嫌いなのは、自分なんでしょう、と内心で笑いながら。水城はぽろりと一粒涙をこぼして見せた。
白いシーツに、染みができる。箱庭を壊す、波紋の一滴のように。
ともだちにシェアしよう!