173 / 1144
パーフェクト・ワールド・レインⅡ-12
「何してんの、おまえ」
たぶん、面と向かって話したのは、その瞬間が初めてだった。そこに足を運んだのは必然ではあったけれど。クラスも同じで寮も同じ。だからと言って、関りを持とうと思わなければ、そんなものだ。
「すっげぇ匂い、させてる」
向原が淡々と指摘した先で、誰も入室していないはずの空き部屋から出てきた顔が強張る。いつもの笑みを取り繕うとしたらしいそれが、向原相手に意味がないと悟ったのか、結局、憮然としたものに落ち着いた。着衣に多少の乱れはあるが、何の音もしない中の様子とこの男の雰囲気から、勝敗の傾きを知る。へぇ、と興味を抱いたことは否定しない。面白い、とも思った。だから、次の言葉を口にした。
「中、何人?」
「……三人」
「すげぇな。発情期のオメガがアルファを殴り飛ばしたのは、さすがに初めて見たわ」
「おまえ」
色を失った表情は、いつも以上に、その顔を人形めかせていた。整った顔だとは思う。が、それだけで、特に好みの顔と言うわけでもなかったのだが。
「むしろ、なんでバレてないって思えてたんだよ」
その有様で、と。失笑してみせた向原に、まだ声変わりも終えていなかった今よりも高いそれに怒気が籠る。
「おまえのせいだ」
その口から、誰かに責任を押し付ける言葉を聞いたのは、先にも後にもそれきりだった。
あるいは、よほど追い詰められていたのか、純粋に混乱していたのかもしれない。
ともだちにシェアしよう!