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パーフェクト・ワールド・レインⅡ-12

「何してんの、おまえ」  たぶん、面と向かって話したのは、その瞬間が初めてだった。そこに足を運んだのは必然ではあったけれど。クラスも同じで寮も同じ。だからと言って、関りを持とうと思わなければ、そんなものだ。 「すっげぇ匂い、させてる」  向原が淡々と指摘した先で、誰も入室していないはずの空き部屋から出てきた顔が強張る。いつもの笑みを取り繕うとしたらしいそれが、向原相手に意味がないと悟ったのか、結局、憮然としたものに落ち着いた。着衣に多少の乱れはあるが、何の音もしない中の様子とこの男の雰囲気から、勝敗の傾きを知る。へぇ、と興味を抱いたことは否定しない。面白い、とも思った。だから、次の言葉を口にした。 「中、何人?」 「……三人」 「すげぇな。発情期のオメガがアルファを殴り飛ばしたのは、さすがに初めて見たわ」 「おまえ」  色を失った表情は、いつも以上に、その顔を人形めかせていた。整った顔だとは思う。が、それだけで、特に好みの顔と言うわけでもなかったのだが。 「むしろ、なんでバレてないって思えてたんだよ」  その有様で、と。失笑してみせた向原に、まだ声変わりも終えていなかった今よりも高いそれに怒気が籠る。 「おまえのせいだ」  その口から、誰かに責任を押し付ける言葉を聞いたのは、先にも後にもそれきりだった。  あるいは、よほど追い詰められていたのか、純粋に混乱していたのかもしれない。

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