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パーフェクト・ワールド・レインⅤ-3
「ごめん。なんでもないよ」
「でも」
「行人がそう思うなら、それがきっと正しい」
だから、こちらも気にしなくて良いと続けた成瀬に、行人は迷うように視線を落とした。
「もし何かあったら、今まで通り、俺に相談してくれたら良いし」
「あの、成瀬さん」
硬い声に、緊張が窺い知れた。持ち上がった瞳には決意が浮かんでいて。
「俺じゃ駄目ですか」
それが、どう言う意味かはすぐに分かった。当たり前だ。けれど、成瀬は表情一つ変えてやることができなかった。
「ごめんなさい、なんでもないです」
「行人」
「ごめんなさい」
頑なな声と台詞とは裏腹に、その顔は笑っていた。ひどくぎこちなかったけれど。
「忘れてください」
分かった、と了承する以外に、何もできなかった。すみませんと繰り返して出ていった小さな背中を見送って、成瀬はふっと表情を消した。
言えるわけがない。けれど同じ心で、言うべきではないのかとも思っていた。
オメガにとっての一番の幸せは、良いアルファを見つけてつがいをつくること。その一般論を否定する気はないし、行人に関して言うならば、そうあって欲しいと願っている。
――俺は、一生、一人で生きていくつもりだけど。
それがイレギュラーだと言うことは良く分かっている。
俺のところにくれば良いのに。
ふと、軽口の調子で紡がれた台詞を思い出した。冗談じゃないと腹が立って、悔しくて、けれど、甘言だとも思ってしまった。そして、そう感じた自分に、一番腹が立った。
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