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閑話「夜の食堂でごはんを食べる話」①
[閑話]
「あれ、どうしたの、こんな時間に」
「あ、……えっ、と」
消灯時間は随分前に過ぎている。たしかに「こんな時間」だった。
返答に詰まって、行人は視線を足元に落とした。うす暗い廊下に、自分の白い足が浮き上がる。やっぱり、スリッパくらい履いておくべきだっただろうか。
寮室を抜け出しておいて言えた台詞ではないが、誰かと出くわすなんて思ってもいなかったのだ。
しかも相手は、そう親しいわけでもない三年生である。数日前の夜のお礼ももっとしっかり伝えたかったし、話してみたいとは思っていたけれど。でも、今このタイミングでの心の準備は、まったくできていなかった。
「成瀬……さん」
「うん。寝れないの?」
「ええと、……その、すみません」
「謝らなくても。っていうか、ここにいる時点で俺も同罪だし。叱らないから、榛名くんも俺のこと寮長に言わないでね」
茅野、怒るとしつこいから、となんでもない調子で続けて、彼が笑う。あの夜に見て、安心したのと同じ、優しい笑顔。
アルファとふたりきりという状況のはずなのに、怖いと思うどころか妙にほっとしてしまって、そんな自分が不思議でしかたがなかった。あんなことがあったばかりなのに。
助けてくれた人だからなのだろうか。そのときに、そういった視線ひとつ自分に向けなかった人だから、なのだろうか。わからなかった。
そんなことを考えていたら、じっと凝視してしまっていたらしい。はたと気がついて謝ろうとしたのだが、きれいな顔がにこりとほほえむほうが早かった。
「榛名くん、おなか空いてない?」
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