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閑話「夜の食堂でごはんを食べる話」②

 最近あまり食べれていないことに、気づかれてしまっていたのだろうか。それとも、まさかとは思うが同室者からそんな話が伝わっているのだろうか。  おいで、と誘われるがままについてきてしまった寮の食堂で、行人はためらいがちに声をかけた。成瀬は勝手知ったるとばかりに調理場のほうに入り込んでいる。 「あの、調理場って勝手に使っていいんですか?」 「うん。使ってはいいよ。時間帯的にはちょっとアウトなんだけど。入ったことない?」  頷くと、また、おいで、と手招かれてしまった。少しだけどぎまぎとしながらも、中に足を踏み入れる。もう消灯時間を過ぎているからか、成瀬は最低限の灯りしかつけていない。薄暗い調理場には、ひんやりとした夜の空気が漂っていた。 「こっちがね、共用の冷蔵庫。勝手に使っていいものはそのまま入ってるし、駄目なやつはちゃんと名前が書いてあるでしょ。榛名くんもおうちから送ってもらったものとかで、冷蔵庫に入れときたいのがあったら遠慮しないで使いな。たぶん皓太は知ってると思うし」  ほら、あいつ寮生委員にさせられてたから、と言いながら、今度は調理器具が入っているらしい戸棚を開いている。小ぶりの片手鍋を「はい」と手渡されて、行人は慌てて受け取った。  その拍子に懐かしい匂いを嗅いだ気がして、内心で首をひねる。どこからだろう。そうして、なんの匂いだろう。  しばらくしてから、あ、と眠っていた記憶にたどり着いた。母だ。成瀬が羽織っていたカーディガンからしていたのは、母に似た甘くて優しい香りだった。

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