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閑話「夜の食堂でごはんを食べる話」⑩

「成瀬さんは、どうして大丈夫になったんですか?」 「ん? んー、そうだな。まぁ、これもね、舐めるほうが悪いっていうのが大前提なんだけど。舐められたくなかったら、皓太を参考にしてみたらいいよ」 「高藤、ですか」 「そう。あいつ、強面ってわけでもないし、そうデカいわけでもないのに不思議と舐められないでしょ。あれね、ブレがなくて常にどっしり構えてるからだよ」 「あぁ……、はい」 「舐められにくい表情とか、雰囲気を身に着けるのもひとつだけど。これは、まぁ、今言ったことができたら自然とできるようになるものだと思うし」  そう言って、にこりと成瀬がほほえむ。   きれいな顔をしているとは思っても、弱弱しいだとかなよなよしているだとか、そういうふうに彼が見えたことはなかった。つまり、そういうことなのだろうか。 「自分に軸のある人間は強くなれるってことかもしれないね」  軸という言葉を行人は内心で繰り返した。自分にとっての軸がなんなのかなんて、今まで考えたこともなかったのだ。 「えっとね、そんなに難しく考えるようなことでもなくて。軸なんて、どんなものでもいいと思うんだけど」 「どんなものでも、ですか」 「うん。想像しにくかったら、一番大切にしたいものを自分のまんなかに置いてみたらどうかな。ちょっとは想像しやすいかも」  自分が大切にしたいものは、なんなのだろう。これまでの自分にとっての一番の大きな目標はこの学園に入ることだった。  オメガでもやればできるのだということを証明さえできたら、そうしたら、もうなにも問題はないのだと思っていた。それなのに――。 「たとえば、この学園を絶対に卒業する、とかね。そのために、じゃあどうしたらいいのか、とか。そういうこと」  まるで心を読んだかのようなそれに、はっとしてうつむきそうになっていた視線を上げる。  彼は変わらない優しい表情で行人を見ていた。

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