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閑話「夜の食堂でごはんを食べる話」12

「あとは片づけとくから」 「え、でも」  たぶん、もう二時を過ぎているはずだ。明日も学校なのに。まったくもっていまさらだとは思うが、これ以上迷惑はかけられない。  むしろ自分が片づけるべきなのでは、と思い立ったのだが、成瀬はなんでもない顔で笑っただけだった。 「いいから、いいから」 「でも」 「今がね、甘えるとき」  ここでその言い方は、ちょっとずるいと思う。抗えるわけがない。ふたり兄弟の弟のわりに甘えるのが下手だという自覚が、行人にはある。  アルファの兄は優しかったけれど、「アルファには負けたくない」と勝手に意固地になっていたからだ。でも、なぜかこの人に対してはもう意地を張れなかった。  身内ではなく、先輩だからなのだろうか。それとも――。 「ありがとうございます」  それ以上を考えるのはまだ少し怖くて、どうにかそれだけを告げる。ごちそうさまでした、とも改めて告げて席を立つ。長居すれば長居するだけ邪魔になるということは、さすがに理解できたからだ。 「おやすみ、行人」  おやすみ、という言葉がなんだかくすぐったくて、はい、と頷く。そうしてから、慌てて「おやすみなさい」と行人は言い足した。その様子を成瀬は座ったまま、にこにこと見つめている。  この人、いつ部屋に帰るつもりなんだろう、というか、本当に戻る気はあるんだろうか、と少しだけ訝しんでしまったのだが、口には出せなかった。  代わりに、もう一度頭を下げて夜の食堂をあとにする。廊下は暗くて、しんと静まり返っている。  けれど、もう不思議と恐ろしいとは感じなかった。

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