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パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 8-4
「なんだ。ひさしぶりだな、高藤」
「ひさしぶりです」
にこ、と愛想よくほほえんでから、高藤がこちらを向いた。
「先生、呼んでるよ」
「え?」
「すみません、ちょっと先生に呼んでくるように頼まれていて」
失礼しますね、と三年生に断って、高藤が手招く。教室を出て行こうとする背に、よくわからないまま行人は倣った。ぎこちなく頭を下げて、廊下に出る。
その人は、しかたないというような表情をしただけで、引き留めようとも、それ以上なにかを言おうともしなかった。そのことにほっとして、胸に手を当てる。
いまさらながら、心臓がどくどくと脈打っていることに気づいたからだ。緊張していたのだな、ということも。
もう絡まれないのなら高藤についていく必要はないのだ、という思考に至らないまま、その背中を追う。
声を発したのは、高藤のほうだった。
「ごめん。その、通りがかりに見えたから、ちょっと気になって」
余計なことをするな、と行人が言うと思ったのかもしれない。打たれた先手に、うつむいて黙り込む。
まだ心臓はうるさいほどに鳴っていて、でも、ありがとう、とは素直に言えそうになかったのだ。
高藤は、行人を制そうとはしたけれど、最初から最後まで行人に触れなかった。
アルファに触れられたくはなかった。それは事実だ。けれど、気遣われている現実にも苛立った。その苛立ちをぶつけるのは理不尽だろうとはわかっていたけれど。
あの夜から、高藤は以前にも増して、行人に気を使っている。
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