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パーフェクト・ワールド・レインⅤ-10

 二階の突き当りの部屋の前で、成瀬は足を止めた。中から漏れ聞こえる興奮を抑えきれない声と、頭がぐらぐらと揺れそうな香り。 「皓太。俺が入るから、廊下で待ってて」  でも、と言う声を無視して引き戸を引く。開かない。気配に気が付いたらしい中で声が一瞬止む。けれど、すぐにまた聞こえ始めた。 「祥くん」 「良いから。おまえは入るなよ。俺は薬を飲んでるから、問題ない」  アルファも、オメガのフェロモンに無意味に振り回されたいとは思ってないらしい。そんなアルファの為に処方されることがある抑制剤。  それを匂わせると、皓太は押し黙った。ここまで近づいている時点で、毒されていてもおかしくはないだろうが。  内側から開くのを待つのは無意味だなと判断する。あまり使われていない古い教室のドアだ。少し下がって、そのまま蹴り付ける。「祥くん」と戸惑い気味に皓太が呼ぶ声が聞こえたが、これが一番手っ取り早い。  予想通り、多少のガタが来ていたらしいドアは、一度のそれであっさりと内側に倒れた。 「そのドアの修繕は、当然、生徒会が持ってくれるんだろうな」  笑いを含んだ本尾の声は、来るのが分かっていたかのように、少しも驚いてはいなかった。

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