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パーフェクト・ワールド・レインⅤ-16

 ただ、それは、通常生活に置いて、の話だ。  例えば、発情しているオメガの傍に寄ったことはない。オメガにあてられて興奮した状態のアルファの傍に寄ることもない。そう言った、フェロモンが刺激される状態に自身を置いたことはなかった。  そうなった場合、自分のひた隠しにしていた核が揺らいで引きずり出されるような事態になることが本当にないのか。  そのことを向原が憂慮しているのだろうことは察しがついた。  ――もし、他の奴にバレて見ろ。どうなるか、分かってんだろうな。  祥平、と。今では呼ばなくなった呼び方を口にして、眼を眇める。苛立っている時の癖だ。今となっては、そんな風な感情の揺らぎを見せることもほとんどないけれど。このころはそうではなかった。  端的に言うなら、もっと距離が近かった。きっと、今よりずっと。  成瀬の部屋だった。保護した少年を彼の同室であった幼馴染みに任せて、――そして向原につれられるようにして自室に戻った。自分の行動が気に障ったらしいことは分かっていたが、余計なお世話だとも思っていた。  その態度が癇に障ったのか、向原の苛立ちが濃くなる。まだ線の細かった指先が肩を押す。倒れ込んだ先はベッドだった。シーツに毛先が散る。真上から見下ろしてくる尖った瞳を見上げて、笑った。  ――おまえが、俺に何かするわけないだろ。  その言葉の残酷さを知らなかったわけではない。  けれど、それを言えば、向原がその先を超えてこないことを知っていた。知っていて、口にした。  大嫌いだ、アルファなんて。大嫌いだ、決して越えられないこの男が。大嫌いだ。大嫌いだ。何度も言い聞かせた。言い聞かせ続けてきた。そうでなければ、自分が自分でなくなってしまう。それは、絶対にあってはならないことだった。  アルファとして生きていくための、最後の軸だった。

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