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パーフェクト・ワールド・レインⅥ-4
誰にも露見しないうちは秘密だと確かに言った。自分を一番に考えろとも幾度となく言った。秘密が秘密であり続けるための最大限を考えていた、少なくとも向原は。
本尾と会うな、とも言った。
そのすべてをなぞらえなかったのは成瀬だ。
「今日もな」
もし、と思う。本当に、もしも、ではあるが。成瀬が、自分の忠告を聞き入れようと言う気があるのなら。自分を頼ってくれたのなら。縋ってくれたのなら。俺は違う選択肢を採ったかもしれないと。
惰性で付け続けていた生徒会の記章を外す。弾き飛ばしたそれを篠原が掴んだ。
「おまえは、今まで通りにしろよ」
「今まで通りって」
「あいつの側に居たら良い」
戸惑う声を後押しするように告げる。そうでなければ困る。
「俺は!」
立ち上がって、そのまま横をすり抜ける。生徒会室を出る手前で響いた声に、振り返る。その先で、昔から知る悪友は困惑を隠せない顔をしていた。
「あいつ寄りのつもりもなかったし、かと言って、おまえ寄りのつもりもなかった。……おまえら二人のダチのつもりだった」
「知ってる」
やたらと真剣な声音がおかしくて、つい笑みが零れた。まっすぐな気性のこの腐れ縁も嫌いではない。そうであるがために、この展開を読み切れなかったのだろうところも、嫌いではない。
「だから、そっちに居ろって、そう言ってんだ」
向原、との呼びかけを背に戸を開ける。最後に一度、と声をかけたのは、半分は気まぐれだった。
「篠原。忠告だ」
廊下からは、甘い香りがしていた。残り香のような、それ。
「今日は櫻に誰も近づかせるな」
「誰も、って」
「ま、それどころじゃねぇだろうけどな。荒れるぞ、夜は」
鼻に付く、甘い香り。取り繕った人間の理性を簡単に引きはがすような、甘ったるいフェロモン。
嵐が来る。おそらく、この学園で久方ぶりの。成瀬が統治して以来、鳴りを潜めていたそれが吹き荒れようとしていた。
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