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パーフェクト・ワールド・レインⅥ-5
校舎を出るまでの間も、流れる空気はさざめいていたが、外に一歩踏み出すと、一層顕著になった。風に乗って漂う甘い匂いは、櫻寮に近づくにつれ否応なく濃くなっていく。
これは茅野は大変だな、と他人事のように考えているうちに、その当人の姿が目に付いた。寮の正面玄関に門番よろしく立っている。
「向原」
いつもの朗々とした調子を削いだ辟易とした声が、中で起こっていることを如実に表していた。
「悪いが、入る前に抑制剤を呑んでくれないか」
瓶に入った錠剤を目の前で茅野が振る。アルファの本能を抑えるそれだ。オメガがいないとされていたこの学園内で常飲していた人間は少なかったはずだ。
「アルファの人間にはそう頼んでいる」
「おまえのか?」
「いや、医務室からかっぱらってきた」
「榛名か」
「ついでに悪いが、今日は五階は閉鎖だ。それで察してくれ」
明確な答えを避けて、茅野が錠剤を押し付けた。延々と入口でこれを続ける気らしいと思えばご苦労なことだ。
「成瀬は?」
どうせ五階にいるだろうとは思ったが、その通りだったらしい。茅野が曖昧に首を振った。相変わらず、読み通りの動きしかしない男だ。
「高藤もか」
「……おまえが何をどこまで知っているのかは知らんが、あいつら二人が連れ帰って来たからな」
溜息交じりに茅野が口を開いた。
「裏手の入口は柏木と二年の寮生委員が立ってる。夜は、寮生委員がそのまま警備に念のため居るようにする。相手が成瀬だと知れば、手を出す馬鹿もいないとは思うが」
「思いたいだけだろ。そもそもとして、――この匂いに抗えない馬鹿がいるんだから、どうしようもない」
「おまえは簡単にそう言うが、実は俺もなかなか厳しい」
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