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パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 0-1

 寮の窓からさんさんと降り注ぐ夏の日差しに、はぁと行人は溜息をこぼした。家に帰るための荷造りをする手の動きは鈍い。  ――帰るのが嫌っていうわけじゃないんだけど。  そう、帰るのが嫌なわけではない。ただいろいろと気がかりなことが残りに残っているし、それに。 「……べつに、誰に会えるってわけでもないしなぁ」  ぽつりと小声でひとりごちる。どこかの誰かさんと違って、仲の良い幼馴染みなんてものは存在しないし、祖父の家に顔を出したところで年の近い従姉弟が待っているわけでもない。  とはいえ、それはべつにかまわないのだ。もともと人付き合いが得意な性質でもないし、実家でひとりのんびりするのもやぶさかではない。問題は、悪意のひとつもない笑顔で「ゆきちゃん、お友達と遊ばないの?」と尋ね続けてくる母の存在である。  はぁ、ともう一度溜息を吐いて、のろのろと参考書を鞄にしまう。衣服もすべて実家にあるので、持って帰るものは最小限だ。  こちとら小学生ではないのだから、お友達攻撃は勘弁していただきたい。母の中の自分の年齢は、寮に入るために家を出た当時で止まっている気がしてならないし、せめて「ゆきちゃん」呼びだけでも、どうにか。 「なに、おまえ、そんなに家帰るの嫌なの?」 「いや……」  自分と違ってもうすっかり用意を終えている同室者に問われて、曖昧に首を振る。嫌なわけではない。ないのだが。 「おまえ、春休みもあんまり帰ってなかったし、ゴールデンウイークも寮に残ってたから、帰るのひさしぶりだろ?」 「それはおまえもだろ」 「そうだけど。――そういえば、成瀬さんも珍しく帰るって言ってたな」  これで居残りたい気持ちは消えただろうと言わんばかりのそれに、行人は顔を上げた。

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