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パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 0-8

 まぁ、それも嘘だというわけではないのだろうけれど。寮の門扉を出て、校門に向かって歩いていると、携帯電話の振動音が響いた。自分のものではない。隣に視線を向けると、荻原が携帯電話を取り出しているところだった。 「ごめん、俺だ。――はい、もしもし」  自分から離れていく荻原を見送って、なんとなくその場で足を止める。べつに、先に帰ってもいいのだろうし、一年前の自分だったらまちがいなくそうしていた自信もあるのだが、今はそうする気にはならなかったのだ。  木陰を求めて、少しだけ移動する。暑いは暑いが、湿度がそこまで高くないせいか、陰にさえ入っていればさほど待つのは苦ではない。  どこかで蝉が鳴いているのが聞こえて、もうすっかり夏だなと行人は思った。  本当に、信じられないくらい密度の濃い学期だった。ちょっと、いろんなことがありすぎたなぁ、と思うくらいに。  小さく息を吐いた瞬間、あまり関わり合いになりたくない声が聞こえた気がして、ぎょっと周囲を見渡す。遠目に見えた大小の影に、やっぱり、と行人は顔をしかめた。  もうひとりが誰かはわからないが、小さいほうはまちがいなく水城だった。まだ、向こうからこちらは見えていないだろう。  どうしようとほんの少し逡巡する。声をかけられたからといって、なにがどうなるというわけではない。ないのだが。 「……」  いや、やっぱり帰る前に会いたくない。嫌な気持ちを家にまで持ち帰りたくはない。そそくさと道を外れて建物の影に隠れることを行人は選択した。

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