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パーフェクト・ワールド・レインⅥ-7
続いた声に、知っていただろうな、と。他人事のように向原は思った。この子どもの想像とは違う認知の仕方ではあっただろうことはさておいて。
「おまえに分かるのかよ」
熱を含んだ荒々しい声は、傍迷惑なもう一人だ。声の出所は成瀬の部屋だが、肝心の当人の声は聞こえてこなかった。
「毎朝、毎朝! おまえらアルファに隠れて、トイレで抑制剤を飲んで! 付けたくもねぇ香水まで付けて誤魔化して! そうでもしないと普通にすら生きていけない俺の惨めさが!」
いっそ悲壮と言っていい叫びだったが、取り立てて何の感慨も湧かなかった。ただ、成瀬は中に居ないらしいことは分かったので、ドアの前を素通りして奥に進む。
この調子なら、どちらも薬は飲んではいるだろう。榛名の方は本格的に治まるのはまだ先の話かもしれないが、何かあったとしてもそれはそれだ。向原には関係のない話だ。それに、アルファとオメガだ。何があったとしても仕方がないで済まされるだけのこと。
それが対複数でなかっただけ、嫌いな相手ではないだけ、良かったと評される。それだけのこと。言うならば、自然の摂理で、その摂理にずっとあの男が逆らい続けているだけだ。
「おまえは本当に、人の言うことを聞かねぇな」
思っていたよりも、多分に諦めを含んだ声になった。それでも、その姿を視界に収めた瞬間。どこか安堵したのも本当だったかもしれない。
「成瀬」
呼びかけに応じるように、談話室のソファーに沈んでいた頭が持ち上がった。甘い、匂い。
――やっぱりな、とも再認した。あれだけの匂いが充満していたのは、二つのそれが絡んでいたからだ。
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