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パーフェクト・ワールド・レインxx-2
「行人」
静かな声に呼ばれて、浮かびかけていた懸念が沈む。あぁ、そうか、ここは。櫻寮だ。けれど、自分の部屋ではない。
「薬、飲める?」
水と一緒に提示されたそれに、行人は瞬いた。おかしい。
「なん、で」
「そこまで副作用や効果に大きな違いはないと思う」
問いかけの意味を、この人が分からないわけがない。だから、明確に否定されなかったことが答えだった。
第二の性にまつわる薬は、処方箋が無ければ手に入れることは出来ない。担当医にかかり、診断を受け、そこでようやく服用を許可される。誰にだって、例外はない。
例えば、――水城に分けて貰っただとか。
例えば、この人に、誰も知らなかったけれどつがいがいて。そのつがいのオメガから貰っただとか。
そうであれば、良かった。そうだったらば、良かった。感情のコントロールが緩んだ瞳に涙の膜が張る。
駄目だ。こんなことを言ったら駄目だ。分かっているのに、自制の効かない唇から謝罪が零れ落ちる。その言葉がどれだけプライドを傷つけるか、自分が一番分かっているはずなのに。
壊れたレコーダーのように「ごめんなさい」と繰り返す行人の頭を撫ぜる指先の感覚に、とうとう涙が零れ落ちた。シーツの上に染みをつくる。
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