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パーフェクト・ワールド・ゼロⅣ⑩

 そうだとも違うとも言えなかったのは、思い当たる節がいくつもあったからだ。  ここ最近、なにかおかしいのではないかと問われたことは、一度や二度ではない。そのたびに、なんでもないで誤魔化し続けていたけれど。  認められるわけのない「限界」という言葉が、ぐわりと脳内に反響し始めている気がした。 「私はね、オメガが嫌いなの。嫌いな理由はいくつもあるけれど、そのうちのひとつが、そういった情緒不安定さなの」  勝ち誇った笑みを浮かべて、母がすっと指を掲げた。その爪先はまっすぐにこちらを射抜いている。 「随分と、みっともない顔をしてるわよ」  なにひとつ反論できなかった。 「感情に呑まれるな。そう私が言い続けてあげたことも、もう忘れてしまったのかしら」 *  ――みっともない顔、か。  していたのだろうなという自覚は、辛うじてあった。つい先ほどというだけの話ではなく、この一、二ヶ月の話だ。  自分で自分をコントロールできない状況が、成瀬は一番嫌いだ。それなのに、あの日――みっともなくバランスを崩した日からずっと、自分の中のなにかはどこか不安定で、それを許せないでいる。

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