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パーフェクト・ワールド・ゼロⅣ⑪

 夏真っ盛りの外は、ひどく暑く蒸していた。家のあたりを意味もなくふらりと出歩くことは、随分とひさしぶりだった。  もうずっと用事以外で戻ってきてはいなかったし、長居しようともしていなかったからだ。無意識に、あの学園の寮を「うち」と表現してしまったくらいには、自分にとって実家は遠い場所になっていた。  ――まぁ、だからって、皓太の家に行こうとはいまさら思わないけど。  あの家をある種の逃げ場にしていたのは、もっとずっと幼いころの話だ。  皓太にしても、自分のあとを無条件についてきていた子どもではない。こちらに戻ってきてまで顔を合わせたくはないだろう。  そう決めて、適当に駅のほうに向かおうとしていた足が、近づいてきた車の気配で止まる。  歩道脇に停車した車の運転席の窓が下りる。見覚えのない高級車だったが、覗いた顔は、見覚えのあるものだった。 「ひさしぶりだな、祥平」  近所に住んでいる大学生だ。見覚えがないから、きっとまた親に買ってもらった車なのだろう。大学生、というのも、自分が知らないうちに退学になっていなければ、という前提ではあるのだが。  面倒な人に絡まれたな、という内心には蓋をして、にこりと愛想よくほほえむ。人当たりの良い人間を演じるのは、半ば条件反射に近かった。

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