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閑話「プロローグ」①

「あのさ、おまえ、あいつになにしたの?」  興味半分、怖いもの半分といった調子の問いかけに、成瀬は吸いさしを口から外した。顔を上げる。開けた視界に、青い空と派手に染められたオレンジが飛び込んでくる。  中等部の一年生だった、初秋のころの話だ。 「いや、変な意味じゃなくて、本当に。ただ、俺、あいつのことはここ入る前から知ってるんだけど、人に興味持つタイプじゃなかったからさ。現状がすげぇ意外っていうか」 「それ、このあいだも聞かれた」 「え? 誰に」 「本尾」 「あー……、本尾。あいつも悪いやつじゃねぇんだけどな」  自分の身内が迷惑をかけてますと言わんばかりの言い方に、少ししてから得心して頷く。 「そういや、篠原も同小なんだっけ」 「そう、そう。まぁ、昔からあんな感じっちゃ、あんな感じなんだけど。でも、なんつのかな。悪ぶってるけど、あれで案外根は真面目というか、まともっつか」 「いいよ、ぜんぜん」  まともなのは見てたらわかるし、と嫌味でもなんでもなく成瀬は笑った。そうしてから、でも、と言葉を継ぐ。  指で挟んだ煙草の先から、ぽとりと灰が落ちる。 「べつに、なにもしてないんだけどな、俺」  誰になにをどう聞かれようとも、それが事実だった。本当になにをしたつもりもないし、そもそもとして、篠原や本尾の言うところの昔の向原を知らないから、それを言われたところで、どういう感慨を持てばいいのかも、よくわからない。

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