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閑話「プロローグ」③

 人間というものは、不可解な生き物だと思う。誰かを抱きたいという欲望も抱かれたいという衝動も、すべてフェロモンのせいにしてしまえばいいのに、そういった動物的な本能ではなく、「恋」だなんて曖昧な感情を行動原理にしようとする。  馬鹿みたいだ。向けられる感情を利用することはあれど、絶対に自分はそんな感情を抱かない。  だって、それは、生きていく上でもっとも必要のないものだった。  ――恋をしてはいけないよ。  わかってるよ、『先生』。全寮制の学園に通うことに、ずっと渋い顔を崩さなかった主治医の言葉に、内心で頷く。  自分で自分の精神を律すること。秘密の露見する可能性のある、不用意な言動は選ばないこと。  誰よりもアルファらしいアルファでいるために、自分を律し続けること。  少なくとも、表向きの自分を「アルファ」として生み直してくれた同士だ。自分がへまをすれば、その首も飛びかねない。そういう意味で、人一倍心配はしているのだろう。  だからこそ、というわけではないが、専門家としての助言は頭に入れとおこうと思っていた。損はないと思ったからだ。  アルファとして、この学園をトップで渡り切る。その目標のためだけに、自分はここにいる。  友情ごっこにも、恋愛ごっこにもなにひとつと興味はない。自分に向けられる好意も悪意も、利用できるものはすべて利用して、害を成すものは排除して、勝ち上がっていく。  この六年は、それだけの日々になるはずだった。

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